日本の美容医療、課題と展望 日本美容外科学会JSAPSの前理事長の大慈弥(おおじみ)裕之氏に聞く
ヒフコNEWSでは美容医療の今をインタビューを通して伝えていく。今回は国内初の美容医療ガイドライン作りをリードした、日本美容外科学会(JSAPS)の前理事長である大慈弥裕之氏。日本の美容医療の課題と展望を聞く。
大慈弥裕之(おおじみ・ひろゆき)氏
NPO法人自由が丘アカデミー代表理事
北里大学形成外科・美容外科客員教授
──美容医療の課題とは何か?
大慈弥氏 ひとことで言うと、「わが国では美容医療の質が十分に管理されていない」ということです。具体的には、美容医療で使用する薬品や材料、機器の安全性と有効性、それらを用いた施術方法の医学的根拠、そして美容医療を提供する医師の質(資格)といったものが、公的に基準化されていない状況です。
現在、保険診療で行われている内科や外科、形成外科、皮膚科などの医療では、それぞれ承認制度や診療ガイドライン、専門医制度といった形で整備がされてきました。それによって、患者さんは全国どこにいても医学的根拠に基づいて安全性と有効性が確認された医療が、標準医療として受けることができるようになっています。これに対し、美容医療はそのような整備がなされていないため、昔ながらの医師個人の裁量に任せられた診療が行われている状況です。
これは新しい治療をすぐに始められるといった便利な部分もありますが、欠点としては医学的、倫理的に十分な検証ができていないため、医師個人の資質や考えにより診療内容に大きな差が生じる問題があります。中には根拠の不確かな施術が広く行われ、後になって美容医療トラブルが発生して問題化することもあります。
※保険診療:一般的な病気の診察のように健康保険が適用される医療。それに対して、美容医療のように、患者さんが診療費を全て支払う医療のことを自由診療と言う。
しかし、美容医療の場合、医師が必要と判断すれば、未承認の製品を使うことも可能です。
──美容医療に必要な医療体制が整備されていない?
大慈弥氏 美容医療に関する医療体制は、整っているとは言えません。
通常の病院で行われる保険診療においては、近年、患者さんを守るための医療体制が整えられてきました。医療安全管理上の規制や倫理的な規制があり、未承認製品の使用も制限されています。病院はそれぞれの専門の分野のガイドラインに従って、患者さんに必要な情報を提供し、時には他の専門医に紹介するなどして、患者さんの安全を守っています。医療事故やトラブルがあった場合は、行政に報告し、情報を共有することで再発防止につなげます。
また、保険診療では、保険制度で請求される料金についても非常に細かく、受けた具体的な治療内容によって国の決めた金額で決まります。
それに対して、自由診療として行われている美容医療においては、安全性や有効性の不確かな施術も数多くあり、学会等による検証や公的な診療指針もありませんでした。また、一般の保険診療のように医療事故やトラブルに対する包括的な報告制度も周知されていませんでした。
美容医療のような自費診療では、保険診療における診療内容や料金に関する規制を受けることなく、医師個人の裁量で自由に決めることが許されているのです。これは診療所(クリニック)のことで、大学病院や公的病院では施設の倫理体制が整備されてきているので、診療内容や料金は組織として検討されたうえで整備されており、安全性は高いと考えます。
近年、美容医療は材料や機器が充実したことで、大きく発展してきました。しかし、安全性や有効性に関する科学的根拠の蓄積、専門医制度などの医師の教育、学会や行政による医療の質管理が進んできませんでした。診療の質を管理監督する体制が整っていないと、患者さんの治療よりも利益を優先するようなことが起こりかねません。
──他の先進国と比べ、日本の美容医療はどこに問題があるのか?
大慈弥氏 私の意見では、行政と学会(業界)の双方に課題があったと思います。韓国や中国を含め他の先進国では、保険診療外の医療(自費診療)でも国が承認していない医薬品や材料、機器は使用できない仕組みになっています。
述べてきたように、わが国は皆保険制度により保険診療の内容は厳しく規制されています。しかし、自費診療に対しては医師会も関心が低く、体制整備に関する議論が不十分であったのではないかと思います。体制整備は患者と医療者を守ることが目的です。このままだと美容医療に限らず、再生医療や代替医療においても、自費診療で患者さんが不利益を被ることになります。そうなるとこれらの先進的な医療に対し、社会が不信の目でみるようになり結果的にその医療は発展できなくなります。たいへんもったいないことです。美容医療は「人生を豊かにできる」医療なので、わが国でも、もっと発展できると思っています。
業界に関して言えば、美容医療の分野にはさまざまな学会がありますが、その連携がうまくいっていなかったのです。とくに同名学会問題です。「日本美容外科学会」という名の医学会が2つあり、長い間対立してきました。お互いに医学情報の交流や美容医療を健全に発展させるための取り組みができませんでした。行政としても困っていたようです。しかし、双方の学会役員も世代が替わり、5年ほど前から交流が可能となり、2019年には両学会が合同で美容医療に関する共同声明を公表することができました。このことがきっかけとなり、両学会の役員間で協議ができるようになりました。
──美容医療に関する行政側の動きは?
大慈弥氏 2009年に消費者庁が発足し、国民生活センターが様々な情報を収集するようになりました。その後、消費者庁と厚生労働省は、美容にまつわるトラブルを解消するため、対策を進めるようになりました。クーリングオフの期間を設けたり、特定のサイトに規制をかけたりしているのです。
消費者庁や厚生労働省は、美容医療のリスクについて患者さんに知ってもらい、インフォームドコンセントを促すためのリーフレットを作成しています。しかし、こうした対策はあまり知られておらず、美容に関するリスクについて知らない人がまだまだ多いのが現状です。
──美容医療に関する規制や政策を国民に知らせることは、なぜ重要なのか?
大慈弥氏 国民が自分の健康や美容について十分な情報を得た上で決断できるよう、こうした問題について知らせることが不可欠です。そうすることで、美容医療のメリットとリスクを理解し、自分自身を守る方法を知ることができるのです。
──美容医療のガイドラインを設けることの意義や、日本で初めてガイドラインを作成したきっかけは?
大慈弥氏 美容医療は、施術によっては安全性や有効性に問題がある場合もあるため、安全で効果的な施術を行うために診療ガイドラインが不可欠です。令和元年、厚生労働省科学研究費補助金による研究プロジェクトが立ち上がり、美容医療に関するガイドラインを作成することになりました。この時、我々が所属する美容外科学会のJSAPSだけでなく、JSASも加わり、さらに美容皮膚科学会、形成外科学会、皮膚科学会といった美容医療にかかわる主要な学会のすべてが参加して美容医療に関する初めての研究班ができたのです。その主要な事業の一つが美容医療診療指針でした。診療指針作成にあたっては、それぞれの学会から推薦された専門家が集まって議論を重ね、国の指導の下、このガイドラインを作成するための研究が行われました。
美容医療に関するガイドラインは日本初であり、患者さんに安全で効果的な医療を提供するために不可欠なツールとなっています。
──美容医療における診療ガイドラインの策定のポイントは?
大慈弥氏 美容医療の診療指針では、国内の美容医療施設で多く行われている未承認品を使った顔の注入治療やレーザーなどの機器治療、注入剤による豊胸術(乳房増大術)に着目してガイドラインを作成することにしました。このガイドラインを作成するために、5つの学会から80人のメンバーが集まり、長い時間をかけて共同作業を行いました。このガイドラインは、日本における美容医療の安全性と有効性を確保するための大きな一歩となるものです。
── ガイドライン発表後の動きは?
大慈弥氏 2021年に美容医療に関するガイドラインを改訂し、推奨治療と非推奨治療の一覧を更新しました。美容医療のメリットとリスクを理解することで、より多くの人が美容医療を適切に利用できるようになることを期待しています。ただし、美容医療は専門性が高く、メリットとリスクの両方がある分野であることを認識していただくことが重要です。
日本の美容医療は施術の繊細さについて、海外からも高い評価を得ています。ガイドラインを含めて医療体制の整備を進めることで、安心して安全に治療を受けられる体制が整えば、「胡散臭い医療ではなく前向きな医療」として、国内外の患者さんからも受け入れられるようになり、今後大きく発展できると考えています。
プロフィール
大慈弥裕之(おおじみ・ひろゆき)氏
NPO法人自由が丘アカデミー代表理事
北里大学形成外科・美容外科客員教授
1954年東京都生まれ。福岡大学医学部を卒業後、北里大学病院形成外科を経て、96年福岡大学病院形成外科助教授。99年米国ブリガム・エンド・ウィメンズ病院、ボストン小児病院研究員。09年福岡大学医学部形成外科学講座主任教授。15年、福岡大学副学長。21年北里大学医学部形成外科・美容外科客員教授。日本形成外科学会名誉会員。令和3年度美容医療診療指針代表研究者。日本美容外科学会(JSAPS)前理事長。
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