
尾見徳弥(おみ・とくや)氏。クイーンズスクエアメディカルセンターセンター長/日本医科大学客員教授/東京医科大学客員教授(写真/編集部)
尾見徳弥(おみ・とくや)氏
クイーンズスクエアメディカルセンターセンター長/日本医科大学客員教授/東京医科大学客員教授
──美容医療は急速に拡大した。
尾見氏: 美容医療の歴史を振り返ると、高須クリニックの高須克弥先生などにより、美容外科の発達が本格化し始めたのが1970年代でした。高須先生は海外で研修を受け、形成外科の専門性を生かした芸術的な施術を日本に導入したとされます。黎明期の美容外科は高度な技量が求められ、施術を受けた人々の満足度を高める質の高さが重視されていました。
ところが、1980年代に入ると「美容外科は儲かる」というイメージが広がり、電話帳広告やチェーン展開によって施術希望者を集めるクリニックが増加。さらに2000年頃から、レーザーをはじめとする機器の進化で施術メニューが飛躍的に増え、美容医療が一気に広がったのです。手段が増えれば需要も拡大し、そうした時代背景を経て、美容医療は急成長してきました。
──美容皮膚科の存在感も高まった。
尾見氏: 皮膚科領域では、1987年に「日本美容皮膚研究会」が立ち上がり、当時は東邦大学皮膚科の安田利顕先生が主宰されました。当初は500人ほどの参加者でしたが、時代の流れとともに注目され、1994年に「日本美容皮膚科学会」という学会に発展。今では約3000人もの会員を擁する大きな学会になっています。また、会員は皮膚科医ばかりではありません。
初代学会理事長は東邦大学第5代教授の伊藤正俊先生で、研究会時代には、日本医科大学皮膚科の本田光芳先生が理事長を務めていました。日本皮膚科学会の分科会としての「日本美容皮膚科学会」ができたことで、形成外科だけでなく皮膚科の医師も美容医療に参入する機会が増えました。結果として、皮膚科医の数が形成外科医より多いこともあり、「美容といえば皮膚科」というほど大きな存在感を持つようになったわけです。
──美容皮膚科が増えた背景は?
尾見氏: 特に大きかったのはレーザー技術の進歩です。初期のアルゴンレーザーなどはヤケドのリスクが高く使いづらかったのですが、その後さまざまな種類のレーザー機器が開発されました。
そこからRF(ラジオ波、高周波)やHIFU(超音波、ハイフ)など、レーザー以外の治療機器も導入され、皮膚科医が美容に携わるハードルがさらに下がった。
──美容の施術は身近になっている。
尾見氏: 美容医療の広がりは重要なのですが、エステサロンの影響も無視できません。
本来、エステサロンは医療行為を行えませんが、米国や英国の一部では、医師と提携したエステのような業態、メディカルスパと呼ばれるようなものが認められている地域があります。日本でも、そうした仕組みを作ろうとする動きはありました。
例えば東京大学皮膚科教授を務めた石橋康正先生が2004年に「日本エステティック機構(JEO)」を立ち上げ、医療機関とエステの連携や、トラブル時の対応を一括して行える体制を目指しました。しかし日本の場合は法制度や業界団体の団結が難しく、いまだに明確な枠組みがない。
2005年に発足した「日本美容皮膚研究会(NPO法人)」という団体が、エステと医療の架け橋を担う存在になっています。この団体は学会ではなくNPO法人であり、エステで起きたトラブルの対応策の検討や、化粧品の監修倫理委員会の実施などを行っています。
──医療機関とエステとの線引きはどう考えればよいか。
尾見氏: 脱毛に関して、日本では医療脱毛は医療行為で、「医師免許が必要」とされてきました。エステの光脱毛は出力が弱いため許容され、医療のレーザー脱毛は出力が強いため医師免許が必須といった棲み分けがされてきました。
最近は状況があいまいになってきています。医療脱毛を行っている大手チェーンが破たんするなど、必ずしも「医師が関わるから安心」とは言い切れない事例も出てきました。
また、実際の施術は医師ではなく看護師がメーンで行っているところも多い。従来、「そもそも医師免許が必要なのか」という議論がありましたが、近年そうした話を聞くことも増えています。
──医師が美容にどこまで関わるべきかというのは、「直美」の議論にも通じる。
尾見氏: 日本では医師数が限られ、特に形成外科医などが少ない中で、医師にしかできない美容医療行為をどのように考えるべきかについては、検討の余地があります。
例えば、レーザー脱毛は受ける人が多いのですが、エステ脱毛にまで医師免許を必要とされません。仮に医師免許も必要となれば、料金が高くなったり、十分な人手が確保できなくなったりする。では美容医療は医師がすべて行うのかといえば、エステでも対応している施術に近いものを、国から補助金を受けて医学部を卒業した医師が果たして担うべきなのか、という課題もあります。
一方、無資格で誰でも施術できるようにしてしまうと、大きなトラブルが増えるリスクがありますから、どう線引きをするかがとても難しいのです。
──刺青とアートメイクの話もそうした課題とつながる。
尾見氏: 厚生労働省はアートメイクを医療行為と見なす一方で、刺青については最高裁判所が「彫り師の施術は違法ではない」と判断しました。アートメイクも刺青に近い部分がありますから、「必ずしも医療行為とは言えないのでは」という議論が出ているわけです。
──医療と、それ以外の美容的な施術との線引きはどうする?
尾見氏: 政治的、制度的に「エステをこう規制すべき」といった議論は、行政や業界団体が担う領域だと考えています。
こうした問題に関して、日本美容皮膚科学会の対応を問われることもあります。しかし、日本美容皮膚科学会はあくまでも日本皮膚科学会の分科会で、学術的な活動が主です。「悪性腫瘍の可能性があるシミにレーザーを当てる場合には医師の診断が必要」とか、「アトピーやニキビなど皮膚疾患を併発している場合には専門知識を持った医師が適切に判断する必要がある」といったガイドラインを作ることが役割になります。ですから、学会として積極的に主導する立場にはありません。もし厚労省や日本美容医療協会などから学術的な協力要請があれば応じる、という立場です。
エステ業界とクリニックとの橋渡しやルール整備は当面の課題と認識しています。(続く)
