
原井クリニック院長の原井宏明(はらい・ひろあき)氏(写真/編集部)
原井宏明(はらい・ひろあき)氏
原井クリニック院長
- 出発点→身体醜形症への関心は、強迫症への行動療法の取り組みから始まった
- 治療の転機→治療によって「入退院を繰り返す生活」から「自立した社会生活」への回復が可能になることを実感
- 身体醜形症との出会い→社交不安症の患者の中に、身体醜形症の特徴を持つ人が混在していたことに後から気づく
──身体醜形症(醜形恐怖症)に関わる原点には、病的なこだわりを持つ精神的な病気「強迫症」の取り組みから始まった。
原井氏: 私はおよそ40年前、国立肥前療養所という医療機関(現肥前精神医療センター)で、山上敏子先生の下で「行動療法」を学びました。行動を変えることで解決を目指す精神疾患の治療法です。それは私が医師になってまだ4、5年目、二十代半ばの頃でした。
そこでは重度の不潔恐怖──強迫症の代表的症状──の患者に出会いました。「何年たっても治らない」と言われていたような強迫症に真正面から取り組んでいたのです。例えば、その病気を抱える人は、手を何度も洗わないと気が済まないような症状を訴えます。
そうした患者さんに対して、後から詳しく述べますが、行動を変えることで、こだわりの原因となる認知の歪みを矯正していきます。
行動療法に取り組むことで、強迫症が嘘のように治っていきました。
それを目の当たりにして、大きな衝撃を受けたのでした。
──難しい症状を治すことができた。
原井氏: 強迫症だけでなくパニック症、躁うつ病(双極症)など、さまざまな症例を行動療法で治療してきました。
病気の原因を探したり、不安を減らしたりすることよりも、適切な活動を増やしていくことで、普通の人と同じように社会生活が送れるようになったケースを見てきました。
医師である私にとっても、患者さんにとっても大きな転機となる経験でした。40年前の患者さんとは、治療関係がなくなった今でも交流が続いているほどです。
行動療法で「治る」とは、単に症状が軽減することではなく、入退院を繰り返した人が入院せずに済む、働けるようになる、といった日常機能の回復を意味します。
──そうした中で身体醜形症の人を診るようになる。
原井氏: 成功体験がある一方で、患者さんと向き合うほどに、日常機能の回復の達成が想像以上に難しいことも痛感しました。
私が20代の頃から「社交不安症」、当時は「対人恐怖症」と呼ばれていましたが、そのように他人と交わることに苦痛を感じる患者さんを診ることがありました。そうした人たちの中に、実は「身体醜形症」、「醜形恐怖症」とも言われますが、その病気に当てはまる方が混ざっていたことに後で気づきました。
当時は「身体醜形症」や「醜形恐怖症」に対する診断が一般的ではなく、私自身も深く意識できていませんでした。
──今から考えれば身体醜形症だった?
原井氏: 振り返れば、美容整形手術を繰り返す、鏡を何度もチェックする、肌の色に過度にこだわる──こうした身体醜形症あるいは醜形恐怖症の特徴を示す方々が以前から少なからず存在しました。
熊本で行動療法に取り組んでいた時代だと、色白を気にして日焼けに必死だった男性や、低身長を伸ばそうとイリザロフ法を受けたがっていた高校生、歯のホワイトニングを過剰に求める男子生徒にも出会いました。
※イリザロフ法とは、骨延長術の一種。骨を段階的に引き伸ばして身長を伸ばす外科的手法のこと。
- 身体醜形症の特徴→外見上の異常が分かりにくく、本人も「病的なこだわり」と認識しづらい
- 気づきの場→洗面所での過剰な鏡チェックや手洗い行動により異常が顕在化することが多い
- 判断の目安→鏡を見る・手を洗うなどの行動が1日2時間を超えるようなら病的可能性あり
──身体醜形症が認識されていなかった。
原井氏: 身体醜形症が厄介で、外から見る限り異常が分かりにくいのです。また、自分自身も医療機関にかかるほどだとなかなか認識しません。
本人は出勤中でも在宅中でも、ひたすら鏡をのぞき込み、頭の中は「見た目」のことで占領されて困っています。本人は苦痛を抱えているものの、「病的なこだわり」だとは気づきづらく、医療機関にたどり着くまでに時間がかかります。
周囲の人も、その強いこだわりについてほとんど気が付くことがありません。
強迫症やパニック障害など不安症全般に共通するのは、「基本的に他人に迷惑をかける病気ではない」ということも踏まえる必要があります。
統合失調症や重度の躁状態では、妄想や幻覚などの影響で問題行動を起こすケースがあります。この場合には社会的なトラブルを起こすこともあり、他人が精神的な病気に気が付くきっかけとなります。
それに対して、強迫症やパニック障害では、そのような問題を起こすことはなく、表面化することがなかなかありません。本人、家族、社会の三者すべてが「困りごと」に気づきにくい病気といえます。
──自分が一人で悩みを抱えている状況。
原井氏: 問題は「どこまでが正常な外見への悩みで、どこからが異常なのか」という境界線を引きづらい点にあります。
「見た目を気にする」こと自体は誰にでもあり、いわば社会的マナーの範囲なら正常です。まったく無頓着でひげも髪も伸ばし放題という極端であることも不自然なことです。
では、いったいどういう状態であれば異常といえるのか。それは社会の状況によっても、問題のとらえ方は変化します。
コロナの流行期、マスクや手指消毒を「やり過ぎる」人は多数いました。暑い真夏でもマスクを外さない人もいました。この行動だけを見れば強迫症のようにもとらえられそうですが、社会全体が同じ行動を取っているならば異常と見なされにくくなります。
──どうしたら気が付ける?
原井氏: 私たちは身体醜形症を含む強迫症について、洗面所で気付く病気だと言うことがあります。
洗面所で手を何度も洗ったり、鏡をいつまでも見続けていたり、洗面所の中で異常な事が起きていることがよくあるのです。
そのため、強迫症に気が付くきっかけとして、水道代が急増したというケースが珍しくありません。
また、身体醜形症に気が付くきっかけとしては、整形手術などに過大な出費をしていて、家庭内の問題として浮上するケースもあります。
そうした行動があまりにも日常生活に悪影響を及ぼしている場合には問題といえる可能性があります。鏡を見たり、手を洗ったりなどで洗面所で立っている時間が1日2時間を超えるようなら病気と言っていいでしょう。同居する家族がいれば、洗面所を長時間占領することが問題ととらえられる可能性があります。
──それで医療機関に相談に来ることもある。
原井氏: 医療機関での治療につながるきっかけはさまざまですが、そうしたケースは考えられます。
このほか家族からの指摘、インターネット検索で偶然見つけた情報などです。私が執筆した一般向けの本を読んで「自分は病気なのではないか」と疑うようになった方もいます。「誰にでも多少はある」や「人に迷惑はかけていない」と自己正当化していた人が、具体的な診断名と症状リストを目にして初めて「病気かもしれない」と認識します。
本人が気づき、治療を求める。ここからがスタートです。家族や周囲が気が付きにくい分、サポートも得づらい病気です。だからこそ、身体醜形症では、気づきのきっかけを提供する情報発信が重要だと考えています。(続く)

原井クリニック院長の原井宏明(はらい・ひろあき)氏(写真/編集部)
プロフィール
原井宏明(はらい・ひろあき)氏
原井クリニック院長
1984年に岐阜大学医学部を卒業後、ミシガン大学文学部に留学し文化人類学を専攻。1985年より神戸大学精神科で研修を行い、1986年に国立肥前療養所へ入職し山上敏子氏から行動療法を学ぶ。1998年に国立菊池病院へ転勤し精神科医長を務め、うつ病や不安障害、薬物依存の専門外来や治験を担当。2000~2001年にハワイ大学精神科アルコール薬物部門へ留学し、2003年に臨床研究部長、2007年に診療部長に就任。2008年より医療法人和楽会なごやメンタルクリニック院長、2013年からハワイ大学精神科臨床准教授を兼任。2018年に同クリニックを退職後、同年9月に株式会社原井コンサルティング&トレーニングを設立し代表取締役に就任。2019年1月より現職。
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