
司会を務めた原岡氏と鈴木氏。(写真/福澤見菜子氏)
自分を「醜い」と思い込んで、悩み続けることで日常生活に悪影響が及ぶ精神的な病気「身体醜形症(Body Dysmorphic Disorder:BDD)」は実際にどういうものなのか。美容医療とも関わりの深い心の問題について理解が徐々に進んでいる。
2025年9月26日、第48回日本美容外科学会総会・第154回学術集会に併せて開催された市民公開講座「鏡の中の自分が好きになれない 〜見た目の悩みと心の問題〜」では、身体醜形症をテーマとしてその実際や原因、美容医療との関係などが話し合われた。
「醜さ」は現実ではなくイメージで作られる

基調講演を行った松永氏。(写真/福澤見菜子氏)
- BDDの特徴 → 他人には分からない欠点に過度にとらわれ、確認行動などで生活に支障が出る。幼少期の虐待や外見いじりがきっかけとなる場合が多く、重症化すると希死念慮やうつ病に至ることもある。
- 美容医療との関わり → 理想を追い手術を繰り返すケースがあり、医師側がBDDを見逃す可能性もある。傷跡など外見よりも心の問題が苦しみの要因となる場合もある。
- 診断のヒント → 表現が極端、認識と見た目の不一致、非現実的な期待、手術の繰り返しといった要素が身体醜形症を疑う手掛かりになる。
市民公開講座の司会を務めたのは、原岡剛一氏(神戸大学大学院 医学研究科形成外科客員教授)と鈴木愛弓氏(埼玉医科大学総合医療センター形成外科・美容外科助教)。登壇は、精神科医の松永寿人氏(兵庫医科大学医学部精神科神経科主任教授)、美容エディター/コピーライターの麻生綾氏、筆者で、ヒフコNEWS編集長の星良孝が務めた。
冒頭の基調講演で松永氏はまずBDDの基本について全体像を解説した。
松永氏によると、BDDで問題になるのは、他人には分からないほどの欠点に過度にとらわれ、繰り返し確認するなどの行動によって生活に悪影響が出てくるという点。本人は「醜い」と悩むが、醜さは必ずしも他人が認識できる欠点とは限らず、本人が心の中で「醜い」というイメージを作って、思い込んでいることこそが問題となっている。
象徴的な例は、幼少期の虐待や外見についてのいじりが、その後の人生での度重なる美容外科手術に結びついたマイケル・ジャクソンのケースで、松永氏はマイケル・ジャクソンの過去の複数の写真を示しながら、鼻が大きいと指摘されたことをきっかけに、外見の醜さに悩まされ、何度も美容外科手術を繰り返して、見た目が変わっていく経緯と背景を述べた。これはBDDが社会的に認知されるきっかけの一つになっている。このほかにも、松永氏は、肌トラブルをきっかけに、自分の外見に悩まされ続けた実際のケースを紹介した。
身体醜形症は、幼少期の逆境体験や外見いじりが引き金となることが多いとされる。学校、仕事、人間関係にも影響を及ぼして、場合によっては、「自殺したい」といった希死念慮やうつ病に至ることがあるのも見逃せない。
身体醜形症は美容医療とも密接に関係している。松永氏の講演を受けて司会の原岡氏は、「手術を重ね理想の鼻を追って深みに入るケースは珍しくない。これまで手術の技術の問題と理解し、本人の心の病気の問題とするのは正しくないと思ってきた。それは医師として患者のせいにするのは無責任という思いからだったが、結果としてBDDを見逃してきた可能性も感じる」と語った。
一方で、鈴木氏は「目立たない傷跡でも『人に見られている気がして仕事に行けない』と苦しむ方がいる。この場合、手術をするとかえって傷が目立つ可能性があると説明することになり、対応が難しい。外見ではなく心の問題が人を苦しめていることがあると実感する」と語った。
身体醜形症かどうかを判断するためのヒントとして、松永氏は、「問診で話される内容の表現が極端だったり、認識されていることと見た目が一致しない違和感があったり、非現実的な期待を抱いていたり、手術を繰り返し受けていたりすることはBDDを診断する手掛かりになる」と説明した。
手術では解決につながらない

ディスカッション。右から鈴木氏、原岡氏、松永氏、麻生氏、筆者。(写真/福澤見菜子氏)
- 実際に悩む人の実際とは? → 20代男性は複数の手術を受けても満足できず、10代女性は鏡を1日50回確認、40代男性は25年間「鼻の穴が大きい」と悩み続けた。いずれも日常生活に深刻な影響があった。
- 心の病気につながる理由とは → 左右非対称やシミなどの特徴。完璧主義、幼少期のいじめ、思春期の肌トラブルがリスクに。コロナ禍のオンライン会議やSNSの加工画像も影響している。
- 美容医療との関係 → 手術で救われるケースもあるが、心の中の「醜さのイメージ」は手術だけでは解決しにくい。SNSや広告で不安が煽られると過剰に手術へ進む危険がある。
一方で、筆者は、東京都中央区で原井クリニックを開業する原井宏明院長の取材を基に、身体醜形症に悩まされていた3人のケースを紹介した。
1人目は、20代の男性で、22歳の1年の間に、目、鼻、唇の美容外科手術を受け、それでも満足できずに悩まされていたという人物だった。2人目は、10代の女性で、目が小さく、鼻が大きいという思いにとらわれて、1日に50回近く鏡を見続ける生活を送り、美容整形を受けたいと親に相談していた人物。40代の男性は、鼻の穴が大きいと高校卒業後に突然気になり、25年間悩み続けた人物だった。いずれの人物も悩みのために人と顔を合わせるのを避けるなど、日常の生活に悪い影響が及んでいた。
原井氏への取材から、「BDDを訴える人が醜いと感じやすい特徴として、片方だけのシミなど左右非対称であるなど、一般的な見た目からのずれに悩んでいる人が多い」などの見方を紹介した。
松永氏は、完璧主義、幼少期のいじめ、思春期の肌のトラブルなどコンプレックスがリスクになると考えを示した。
コロナ禍のオンライン会議で自分の顔を見続ける習慣や、SNSの加工画像が、一般の人たちが持っている理想的なイメージを引き上げる現代的な要因についても触れられた。
麻生氏は、「整っているほど良いというルッキズムをメディアが助長した面は否めない。一方で、美しい外見であると、恋愛や就職などに有利であるのは疑いがなく、美は本能的に求められるのはやむを得ない。基本的に外見の悩みに対して美容整形を利用することもポジティブにとらえているが、問題は行きすぎ。ブレーキが利かない状態は課題で、ちょうどいいところの線引きが難しい」と話した。
こうした心の中のイメージ’が強く働く場合、外科的手法だけでの解決には限界もある。BDDが美容外科手術によって解決できるかといえば、「BDDを手術で治すことは難しい」と松永氏。
原岡氏が「一重まぶたが嫌で学校に行けなかった方が二重手術で学校に行ける。私たちは美容医療によって幸せになる人を何人も見ている」と述べ、鈴木氏も「美容外科医のやりがいで、目標だ」というと、松永氏は、「確かに美容外科手術で救われる方もいるとは考えている。例えば、美容外科手術を受ける方の希望を、医師や家族が理解できる場合は良好な結果が得られやすい。またBDDであっても、自分自身にその自覚があって、精神科で治療を受けながら手術をしているケースは良好な結果につながり得る」と解説した。
注意されるのは、SNSに煽られるなどして、過剰になってしまう可能性だ。松永氏は、「BDDの方は自己肯定感が低く、承認欲求は強いために、自分の外見を自分の価値の拠り所にして美しくなければ幸せにならないと思いがちとなる」と解説した。
その上で、「BDDの方が感じている醜さは心の中で作り上げたイメージであり、実際の醜さではない。手術を繰り返しても醜さから解放されず、満足に至らない。そうやって症状を悪化させる」(松永氏)と述べた。
鈴木氏は、「手術で笑顔を取り戻す方も多い一方、広告やSNSで不安が煽られ過剰に手術へ向かう負の連鎖がある。美容外科が持つ希望の力と同時に、リスクについてもしっかり向き合う必要があると考えさせられる」と述べた。
精神科の関与と予防につながる周りのアドバイス

市民公開講座終了後の集合写真。(写真/福澤見菜子氏)
- 精神科との連携 → BDDの患者は最初に美容外科や皮膚科に相談することが多く、美容外科医も知識を持つ必要がある。精神科紹介は難しさがあるが、信頼関係を通じて丁寧に伝えることが重要とされた。
- 予防とサポート → ドクターショッピングや過剰な手術を防ぐため、止めてくれる友人を持つことを推奨。治療法としては曝露療法(エクスポージャー)が紹介され、少しずつ慣れさせるアプローチも有効とされた。
- 美容外科リテラシーの重要性 → BDDは医師の間でもまだ馴染みが薄いが、美容外科に携わる以上避けられない課題。知識を持つことが患者を守るだけでなく、医師自身を守ることにもつながると指摘された。
結果として精神科の関与が必要という点について登壇者は意見を交わした。
原岡氏は「まずは美容外科側と施術を受ける本人がBDDの知識を持つことが大切」と述べると、松永氏は「悩んでいても精神科に直接来る人は少なく、最初の相談先は美容外科や皮膚科になる。だからこそ、美容外科医もBDDの知識を持つ必要がある」と指摘した。
原岡氏が、「精神科に紹介することにはハードルが高い面もある。実際に提案すると断られたり、気分を悪くされたりすることもあり、関係が悪化する懸念もある」と本音を語ると、松永氏は、「まずは信頼関係を築く中で、心の中の醜いというとらわれは手術では解決せず、自由を取り戻すには精神科的サポートが必要だと丁寧に伝えることが大切」と述べた。さらに、精神科医側の課題についても、「BDD対応に不慣れな医師が多く、スキルの底上げが必要」と課題を提示した。
また、麻生氏は予防という観点で、「ドクターショッピングややり過ぎを防ぐ方法として、顔や体に何か手を入れようとしたときに、はっきり言ってくれる、止めてくれる友人を一人確保してから手術に挑めとアドバイスしている」と話した。
筆者は原井クリニックへの取材から、同医院で実践されている3日間集団集中治療を紹介した。これは、あえて自分自身のコンプレックスを表に表現して克服 を目指す「エクスポージャー(曝露療法)」と呼ばれる方法で、これが奏功する例もあると述べた。松永氏は、最初から強い刺激を与える方法がある一方、少しずつ慣れさせてもらうようなアプローチも重要だと解説した。
講座のまとめとして、鈴木氏は、「BDDというのは、私たち医師の間でもまだ馴染みの薄いテーマであるが、美容外科に携わる以上、避けては通れない課題だと感じた」と感想を寄せた。また、原岡氏は「美容外科リテラシー」というワードを挙げて、美容医療を利用する上で知識を持つことが、美容施術を検討する自分を守るという考えを示した。また、市民公開後のフロアでは、「BDDを知ることは、美容外科医自身の身を守ることにもつながる」という話も出ていた。
美容医療において身体醜形症の課題は引き続き注目される。
