
中田元子(なかた・もとこ)氏。Mスキンクリニック院長。(写真/中田氏)
中田元子(なかた・もとこ)氏
Mスキンクリニック院長
- レーザー治療の基本理論「選択的光熱融解」 → 壊したい色素や血管など標的組織だけにレーザーを反応させ、周囲の正常な皮膚への熱損傷を抑える考え方。1990年代以降、Qスイッチナノ秒レーザーやフラクショナルレーザー、ピコ秒レーザーの登場で応用範囲が拡大した。
- ピコ秒レーザーの特性と進化 → ナノ秒レーザーよりも短い照射時間で、熱よりも衝撃波(光音響効果)を主体に色素を粉砕。熱影響を最小限に抑えるため、炎症後色素沈着や色素脱失などのリスクを軽減できるとされる。
- 理論と経験の両立が鍵 → ピコ秒レーザーは高機能だが、ナノ秒レーザーとの優劣は一概に言えない。シミの種類や肌質、仕上がりの希望に応じて適切な選択を行うには、理論の理解と臨床経験の両方が不可欠とされる。
──そもそもレーザー治療とは?
中田氏: レーザー治療には、1980年代に提唱された「選択的光熱融解」という基本的な考え方があります。簡単に言うと、シミの色素や血管など壊したい部分だけにレーザーが反応するように当てられる、という理論です。
──狙った場所だけに作用させられる。
中田氏: そうです。その部分が熱を逃がすまでの時間に合わせてレーザーの照射時間を調整することで、周囲の正常な組織を極力傷つけずに、ターゲットだけに効果を及ぼすことができます。
1990年代には、この理論をもとにしたQスイッチナノ秒レーザーが普及し、シミや刺青、太田母斑などあざの治療法として定番になりました。その後、フラクショナルレーザーが登場し、さらに2010年代以降はピコ秒レーザーも加わったことで、レーザー治療の選択肢は広がっています。
※ナノ秒レーザーとピコ秒レーザーは、それぞれ「1億〜10億分の1秒」「10億〜100億分の1秒」という、非常に短い時間だけ光を出す仕組みをもったレーザー。具体的な照射時間(パルス幅)は、Qスイッチルビーレーザーが約20〜40ナノ秒、QスイッチNd:YAGレーザーが約5〜10ナノ秒、Qスイッチアレキサンドライトレーザーが約50〜100ナノ秒とされる。ピコ秒レーザーはこれよりさらに短く、約250〜750ピコ秒という極めて短い時間で照射される。照射時間を短くできるほど、レーザーの熱エネルギーを狙った標的に集中的に届けやすくなるという利点がある。
──ピコ秒レーザーが最も新しい。
中田氏: ピコ秒レーザーは、ナノ秒レーザーよりもずっと短い時間でエネルギーを出せるため、熱でじわっと壊すというより、衝撃波の力で色素を細かく砕くイメージの作用になります。その分、周りの組織が熱でダメージを受けにくいのです。
──熱ばかりだと考えられがちだが、衝撃波も重要。
中田氏: そうです。非常に短い時間だけ細胞内に熱が加わると、熱が外に逃げる前にその部分が急激に膨張し、衝撃波が発生します。その衝撃によって細胞や色素は耐えきれず壊れる。
ピコ秒レーザーは、この熱による衝撃波を利用して刺青の色素も効率的に破壊することができることで注目されました。
──ピコ秒レーザーは正常な組織に悪影響が及びづらい?
中田氏: レーザーを当てた後に起こる可能性のある合併症には、炎症後色素沈着や色素が抜ける色素脱失といった副作用があります。それらをある程度減らせると考えられています。
私自身は長くナノ秒レーザーを使用し、その後ピコ秒レーザーを導入しましたが、切り替えてからは炎症後色素沈着や色素脱失のリスクが相対的に下がったと感じています。これは臨床の場で日々実感している点です。
──ピコ秒レーザーが主役に?
中田氏: ピコ秒レーザーの機能は高いです。ただし、シミ治療において「ナノ秒とどちらが優れているか」という議論には今でもさまざまな意見があります。
治療の対象となる病変の種類や肌質、どのような仕上がりを目指すかによって最適な手段は変わるため、必ずしもどちらかに優位性があるということではありません。治療に当たっては、理論をしっかり理解するのと同じくらい、日々の診療で得られる経験値が重要だと考えています。

中田元子(なかた・もとこ)氏。Mスキンクリニック院長。(写真/中田氏)
- 中出力レーザーという独自の発想 → 中田氏は従来の「低出力トーニング」と「高出力スポット照射」の中間となる中出力を実践する。2014年にディスタンスゲージを自作し、均一な照射距離でリジュビネーション効果を重視した「アレックス・トーニング」に取り組み始めた。
- 3波長ピコ秒レーザーで多層アプローチ → 532nm(表在性シミ)、730nm(色調と質感の改善)、1064nm(真皮リモデリング)を使い分け。波長ごとの得意分野を組み合わせた「Wピコトーニング」により、シミと肌質を同時に改善する治療を実践している。
- 毎回異なる最適設定を追求 → シミの種類や治療経過に応じて、出力・照射径・重ね打ちの有無などを細かく調整。画一的な設定ではなく、その日の皮膚状態に合わせた照射を行うことが、治療効果と安全性の両立につながると考えている。
──どのように治療を進めている?
中田氏: 私はもともと、短パルス(ナノ秒)のアレキサンドライトレーザーで、スポット照射から全顔照射「トーニング」まで幅広く治療していました。ですから、ナノ秒アレキサンドライトレーザーは私にとってとても重宝していた頼りになるレーザーです。
私は2014年に照射距離を一定に保つためのディスタンスゲージを自作し、距離をコントロールすることで「通常シミに照射するよりも弱い出力で全顔に均一に当てる」という照射法を組み立てていきました。
一般的にイメージされるレーザートーニングは、「かさぶたができないような低出力で回数を重ねる」治療です。一方、高出力スポット照射は、しっかりしたかさぶたを作って一撃でシミを取りにいく治療。この二つだけで語られがちですが、私は自ら「アレックス・トーニング」と呼んでいましたが、この治療を進めていくうちに「かさぶたを作るか作らないかの出力」で複数回治療する中程度の出力ゾーン「中出力」という概念にたどり着いたのです。
2020年代に入り、それを発展させる形で、ピコ秒レーザーを導入しました。国内承認されたピコ秒レーザー機器を一通り試し、それぞれ長所も短所を踏まえて、3波長を使い分けられるデバイスを選びました。
最終的に私が一番重視したのは、長年行ってきたアレックス・トーニングと同等、もしくはそれ以上のリジュビネーション効果が出せるかどうかです。単にシミが薄くなるだけではなく、顔全体のトーンやハリ、質感が整って「若々しく見える」状態をつくれるか。
その視点で機種選びをしていき、最終的に532nm、730nm、1064nmという3つの波長を1台で使える構成に落ち着きました。
──波長を使いこなしている?
中田氏: よく「波長が多いと、使いこなすのが難しいのでは」と言われます。確かに、3波長あれば組み合わせ方や出力のバリエーションは無数にありますから、マニュアル通りではうまく使いこなせないかもしれません。
532nmはメラニンへの吸収が高い波長で、表在性の茶色いシミをしっかり叩くのに向いています。その分リスクも高くなりやすいので、出力や照射方法のコントロールがとてもシビアになります。
一方、730nmはアレキサンドライト(755nm)に近い性質を持ちつつ、少し違った特性もあります。メラニンへの選択性を保ちながら、真皮の浅い層まで届く「中間的な波長」という印象で、色だけでなく質感の改善にも関わってきます。
1064nmはメラニンへの吸収は比較的低いのですが、波長が長い分皮膚の深くまで届きやすく、真皮のリモデリングといった「肌質の底上げ」に適していると考えています。
「この波長が一番優れている」ということではなく、「それぞれの波長が得意とする領域をどう使ってどう組み合わせるか」が大事だと思っています。
──シミへの対応はどうしている?
中田氏: ざっくりとした私の使い分けで言うと、「しっかりシミを取りにいくスポット照射」では532nmをメインに使います。症例によっては730nmを使うこともありますが、表在性のはっきりしたシミに対しては、532nmのきれの良い効果は大きな武器です。
一方で、リジュビネーション目的の全顔治療では、730nmと1064nmを組み合わせています。730nmで色調を整えつつ、1064nmで真皮のリモデリングを図って、毛穴や小じわ、ハリの改善を狙います。二つの波長を組み合わせるという独自の方法を「Wピコトーニング」と称して治療を行っています。
ここで大事なのは、毎回決まりきった照射方法で行わないことです。皮膚の状態をしっかり診て、前回までの治療の影響がどう現れているのかや合併症を生じていないかを一つ一つ確認しながら、「このシミは攻めの設定でいく」とか「このシミは今日は控え目に照射する」といった調整が必要です。
出力・照射径・重ね打ちの有無・照射パターンなどを、その都度細かく変えながら、その日その方にとってのベストな照射法を探る作業が、実際の現場では一番大きいと思います。
プロフィール

中田元子(なかた・もとこ)氏。Mスキンクリニック院長。(写真/中田氏)
中田元子(なかた・もとこ)氏
Mスキンクリニック院長。1996年東京女子医科大学医学部卒業、同年同大学形成外科に入局。2004年より東京医科大学皮膚科、2007年より東京女子医科大学東医療センター美容医療部に勤務し、皮膚科・美容医療の診療経験を重ねる。2019年にMスキンクリニックを開設し、2021年には医療法人社団Mスキンクリニックとして法人化。日本レーザー医学会、日本美容皮膚科学会、日本医学脱毛学会、日本臨床皮膚外科学会、日本皮膚科学会、日本形成外科学会、日本美容外科学会(JSAPS)などの学会に所属し、形成外科と皮膚科の両面から美容医療に取り組んでいる。
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