「細川亙 現代美容医療を殿が斬る」では、日本形成外科学会理事長をはじめ、多くの要職を歴任し、米国形成外科学会名誉会員でもある細川亙氏が、現代美容医療が抱える様々な問題に鋭い視点で問題提起する。「殿」というのは、細川氏が細川ガラシャの子孫だから。その源流は明智光秀に通じる。そんな歴史的背景を持つ細川氏が現代に舞台を移して美容医療の分野で一刀を振るう。激動の美容医療の世界をどう治めるのか。
第12回テーマ「豊胸手術に伴う脂肪吸引の裁判」
豊胸手術に伴う脂肪吸引の際に、足に傷跡が残ったことを巡り、A子さんと大手美容医療グループとの間で裁判が行われている。A子さんの訴えと、医療側との訴えには食い違いがある。細川氏は、医療側の主張に疑問を呈している。
豊胸手術に伴う脂肪吸引の裁判
美容医療では様々な合併症、健康被害を生じている。しかし、健康被害発生後は、ミスを認めない美容医療医と被害者との闘いが実に熾烈なものとなる。私が最近経験した事例をご紹介しよう。
A子さんは人もうらやむ女性の花形職に就いて活躍していたが胸を少し大きくしたいと思い、大手美容医療クリニックBを受診した。そこで脂肪注入による豊胸術を受けたが、移植脂肪を吸引された大腿部(太もも)に手掌(てのひら)大程度の皮膚壊死を生じた。その後この皮膚壊死の治療は保存的に行われたため上皮化するまでになんと1年以上を要した。A子さんには大腿部に醜い瘢痕が残ったうえ、その間に華麗な職業も失ってしまった。
A子さんは今Bクリニックを訴えて損害賠償請求訴訟を起こしている。この訴訟でBクリニックが主張している反論が興味深い。大腿部の皮膚壊死は、A子さんが術当日自宅に帰って使った暖房器具が原因で生じた熱傷(やけど)であって、脂肪吸引操作によって生じたのではないと主張しているのである。暖房器具が行火(あんか)や懐炉(かいろ)などであれば、起こり得ないことではない。しかし、その日使用した暖房器具は何年も前から家族で使用している普通のハロゲンヒーターストーブである。ストーブの放射熱によって低温熱傷を生じたと主張してBクリニックは責任を逃れようとしているのである。手術日当日A子さんは、大腿部には術後のドレッシングを当てられ、その上から冬用の部屋着を着ていた。その状態で当たっていたストーブによる熱傷が衣服の内側の皮膚に生じるなどということを誰が信じるだろう。
このようなBの主張が裁判で認められるはずはないと誰もが思うことだろう。しかし、本件のようにほぼ明白と言える因果関係が施術と傷害との間に認められる事例でさえも必ずしも被害者は楽観できるものではないというのが医療訴訟の現状である。
「忖度」が裁判を妨げる
裁判官は自ら科学的な判断ができないと考えれば、鑑定人や証人という第3者の意見を聞いて判断しようとする。しかし、被害者側の主張に沿って鑑定書を書いたり、証人になってくれたりする専門家はほとんどいない。
実はA子さんもいくつかの美容クリニックや形成外科を受診して、大腿部の醜状瘢痕について相談したが、そのすべてのクリニックで「脂肪吸引器の超音波による熱傷または脂肪の取りすぎによる皮膚壊死が原因」と言われている。しかしA子さんがBクリニックを相手に損害賠償請求すると聞くと、Bクリニックに忖度してかどのクリニックも診断書を出してくれないのである。医療的には明らかに「脂肪吸引による皮膚壊死」と判断されるこのような事例においても、それを裁判で主張してくれる専門家(医師)がいなければ、訴訟には勝てない。
ところがA子さんがある東京のクリニックを受診したときに「大阪みなと中央病院で美容医療センター長をしている細川医師は、忖度なく物を言ってくれるかもね」とこっそり教えてくれた。また、札幌の某美容形成外科クリニックの院長にも相談したところ、同意見であったという。織田信長さえも討った明智光秀の血のせいか、私は“忖度なく物を言う人”として全国的に名前が轟いているらしい。さて、この情報をもとにA子さんがはるばる大阪まで私を訪ねたのは今から5年前の2021年1月のことであった。(次回に続く)
プロフィール

細川亙 現代美容医療を殿が斬る
細川亙(大阪大学名誉教授)
米国形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会特別会員、日本頭蓋顎顔面外科学会名誉会員、日本創傷外科学会名誉会員、JCHO大阪みなと中央病院名誉院長。日本形成外科学会理事長、日本形成外科手術手技学会理事長などを歴任。大阪大学形成外科初代教授。1979年、大阪大学医学部卒業。
(編集:星良孝)
