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なぜ美容クリニックは「直美」を選ぶのか、採用の裏にある論理、宮大工を志したA氏の経験から考える、新卒採用に共通する日本的価値観とは【編集長コラム】

美容クリニック。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)

美容クリニック。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)

 美容医療で「直美問題」がよく言われてきた。念のため説明しておくと、「直美」とは、医学部を卒業し、初期研修を終えた直後に美容医療の道に進む医師を指す。直接美容医療に進むということだ。技術が十分ではない医師が施術を行うことで、重大な事故につながる可能性が指摘されることもある。

 そうではあるものの、直美の進路を選ぶ医師はとどまるところを知らないとされる。この背景について、一般的には、「若い医師の視点」から直美が増える理由が語られることが多いように思う。

 では、逆に「美容クリニックの視点」から見るとどうなるだろうか。

技術より「辞めにくさ」?

若い医師の働き方。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)

若い医師の働き方。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)

  • 直美採用の背景→
    直美の医師は教育が必要だが、クリニックに定着しやすく、安定的な人材確保が可能となる。
  • 直美のメリット→
    キャリア初期で転職しづらいため、クリニックにとどまりやすく、教育を通じて院内文化に順応しやすい。
  • 批判と実情のギャップ→
    直美に対しては未熟さゆえの懸念がある一方、実際にはクリニックの運営上、一定の利点を持つ存在とされている。

 ここで生じる疑問は、「直美の医師にトラブルなどの理由から問題があるとされるにもかかわらず、美容クリニックはなぜ彼らを採用しているか」といえる。その答えはどう考えれば良いだろうか。

 美容クリニックが直美を採用する場合、美容医療について最初から教育する必要がある。

 この辺りはヒフコNEWSでも伝えているが、大手の美容外科では、初歩的な施術から一人前に育て上げるための教育プログラムを整えているとされる。

 一方で、美容クリニックが、美容医療を提供しようとした場合には、中途採用として、既に技術を持ったベテラン医師などを確保するという選択肢もある。

 2つのアプローチを比べた時には、ベテラン医師を採用し、安全性や仕上がりの面で優れた美容医療を提供する方が望ましいように見える。

 最近では、直美の医師について批判的な声も強まっているので、なおさらそのような印象も持つ。

 この辺りについて、美容医療のクリニック院長に話を聞いてみると、中途採用の医師は簡単にやめてしまうので、そこが課題になると述べるのを聞いたことがある。

 ベテランの医師は、技術を持っているので引く手あまた。どこでも診療に当たることができるので、同じクリニックにとどまる必要が少ない。場合によっては、開業して自らクリニックを持つという選択肢もある。

 それに対して、直美の医師は、技術を身に着ける途上でもあり、簡単にはクリニックを辞めることができない。結果として、クリニックに安定的にとどまり、そこの環境にも馴染む。クリニックにとっては、人材を継続して確保するためには望ましい存在になる。

 考えてみれば、当然のようにも聞こえるが、「高給を求めて美容外科に早めに進路を取りたがる」という若手医師の視点ばかりに注目していると、意外と気が付きづらい点のように感じた。一般の報道では、あまり語られない点ではないだろうか。もっとも、この辺りは、美容医療に携わる人であれば、多かれ少なかれ実感している部分ではあるだろう。

 その背景についてもう一歩掘り下げると、このような傾向は日本的な価値観が関係しているのかもしれない。

職人の世界「途中からはきつい」

大工職人との間に重なる部分?画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)

大工職人との間に重なる部分?画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)

  • 中途入職者の苦難→
    大学卒業後に宮大工を志したA氏は、生活習慣のギャップに苦痛を感じ、順応できずに断念した。
  • 早期入職者の順応性→
    中学卒業直後から職人の道に進んだ人々は、環境に自然に順応し、技術以外の厳しい指導にも抵抗なく受け入れていた。
  • 順応性の本質→
    A氏は「世間を知らず、他と比べない」若年層だからこそ、素直に順応できると分析。この視点は直美採用の利点と重なる。

 美容クリニックが直美を採用する背景について考えていた際、別業界ではあるが、かつて大学卒業後にいくつかの職を経て宮大工を志した人物と話す機会があった。宮大工は神社や仏閣などの伝統的な建築物を専門とする職人。仮にA氏と呼ぶこの人物は美容クリニックの状況に通じるような話をしていた。

 結果的にA氏は、自分には職人の仕事が合わないと感じ、途中で断念した。「挫折」とA氏は語った。

 A氏は強い思いを抱いて宮大工の道に飛び込んだが、思いもよらない壁にぶち合ったのだという。

 一例として、宮大工の職人を志して勤務した時には、寮暮らしをしていたが、思わぬ批判を食らう羽目になった。というのも、食事のスピードや布団のたたみ方など、宮大工としての技術に関わらない部分でも先輩職人からの厳しい指導を受け続けたのだ。A氏にとっては、染みついた生活を、大学卒業をしてそれなりの年齢になってから改めていくのは強い苦痛を感じたという。しかし、宮大工たるもの、普段の生活から折り目正しく過ごすのが当然と見なされていた。A氏にとっては、毎日が苦痛の連続だった。

 A氏によれば、宮大工の職人には、A氏のような大卒者はほとんどおらず、別の職を経て中途入職した人は皆無だったという。多くは、中学卒業後にすぐに職人を目指し就職したような人たちだ。彼らは、A氏のように苦痛を感じることなく、先輩職人の指導を受けながら、自然と宮大工らしい生活習慣を身につけていった。

 そうした中で自分と他の職人との大きな差を感じ、A氏はかなわないと感じた。特に大きな差を感じた人物をB氏と呼ぶが、B氏も中学卒業後に時間を置かず宮大工の職人への道を歩み始めた人物だった。

 A氏は、「世間をまだ知らず、他と比べないからこそ、素直に順応できるのだろう」と語った。

 A氏とは美容医療業界における直美の動きについても話したが、職人と同様に「他を知らないこと」が大きな要素なのではないかという感想を述べていた。

「組織の色」に染まるかどうか

医師の働き方はこれからどうなる。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)

医師の働き方はこれからどうなる。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)

  • 新卒採用の背景→
    日本では現在も新卒採用が根強く行われており、中途採用よりも組織に染めやすいという考えがある。
  • 将来の不確実性→
    美容医療の人材キャリア形成は予測が難しく、制度や業界のあり方も変化する可能性がある。
  • 今後の論点→
    安全性や社会的信頼を確保するため、直美の扱いについては今後も継続的な議論が続くと見られる。

 自身の経験も踏まえると、直美の動きは、どの業界にも見られる「新卒を積極的に採用する傾向」と重なる部分があるように思えた。

 日本では新卒一括採用の見直しが進んでいるものの、それでも、大卒後の若者を早めに採用するのは、今も当然のように行われている。やはり中途採用だけでは、組織の色に染めにくいと考えられているのだろう。

 もちろん、美容クリニックの事情はさまざまで、直美を採用する背景も一様ではない。ただ、あえてなぜ直美を選ぶのかという点に踏み込めば、それは美容医療に限らず、日本社会における根深い課題とも感じられた。

 もっとも、直美であっても最終的にクリニックに根付くかどうかは、そのクリニックの体制や育成力にかかっている。

 ちなみに、A氏が「かなわない」と感じた中学卒の職人B氏は、数年後には既にその宮大工の職場を去っていたという。職人の世界も一筋縄ではいかない。

 美容医療の世界でも、今後どのように人がキャリアを築いていくのかは、まだ予測がつかない部分が多い。直美は増えるかもしれないし、減っていくかもしれない。

 現状に目を向けると、直美には技術不足による医療事故のリスクが指摘されており、制度的にもそのあり方が問われ始めている。若手を採用し、育成していくという「組織づくり」の視点だけで直美を正当化し続けられるかは、不透明な情勢にある。

 直美を採用するという選択には、医療機関側の都合だけでなく、施術を受ける人たちの安全や社会的な信頼性も関わってくる。さまざまな問題を抱える中で、直美問題は今後も議論の的になり続けるだろう。

参考文献

「元祖直美」美容医療30年の医師が直美問題を語る、今なら迷わず形成外科に行くと述べる理由、ジョウクリニック理事長重本譲氏
https://biyouhifuko.com/news/interview/9848/

「直美」時代の美容医療、習得段階を4ランクに分け教育、業界全体で技術の底上げ必要、SBCメディカルグループホールディングス CEO、相川佳之氏に聞く Vol.2
https://biyouhifuko.com/news/interview/11843/

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Author

ヒフコNEWS編集長。ステラ・メディックス代表 獣医師/ジャーナリスト。東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPで「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年にステラ・メディックス設立。医学会や研究会での講演活動のほか、報道メディアやYouTube『ステラチャンネル』などでも継続的にヘルスケア関連情報の執筆や情報発信を続けている。獣医師の資格を保有しており、専門性の高い情報にも対応できる。

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