
体内に注入。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)
2025年8月、日本国内において自由診療下の再生医療による死亡事故が報告され、波紋を広げている。
こうした状況を受け、再生医療に関連した事故の実態とリスクを短期連載で見直していく。
今回は、米国およびドイツの研究者らによる論文に基づいて、過去に報告された有害事象の全体像と背景を紐解く。
国境を越えた「幹細胞ツーリズム」が国際問題

点滴。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)
- 未承認治療の拡大→「幹細胞ツーリズム」として海外でも未承認の再生医療が広がり、国際問題化。
- 有害事象の報告→2001〜2018年に35件報告、10件の死亡例(脳出血、心停止など)、失明や神経障害、感染症、腫瘍発生も確認。
- 事例の多様性→中国・米国・日本など14カ国で報告、使用細胞は脂肪由来や胎児神経由来、他人や動物由来など多岐。
幹細胞には、損傷した組織や臓器の機能を回復させる可能性があることから、再生医療のために利用する動きが広がっている。
国内では間葉系間質細胞などを使った幹細胞系の細胞治療が実際に行われている。こうした再生医療は国内では、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(安確法)」に基づいて実施することが可能になっている。海外でも、さまざまな規制に基づいて行われている。
再生医療への期待が大きい一方で、科学的な裏付けは不十分という指摘はある。
日本でも臨床試験を経て承認を受けて実施される再生医療もあるが、安確法に基づいて行われる再生医療は、正式な承認を受ける前段階で民間の審査を経て行える医療になっている。
従来、再生医療をめぐっては、「科学的根拠が不明確」、「作用メカニズムが未解明」、「人に実施する前段階のデータが不十分」、「製品の品質が確認されていない」、「情報提供が不十分」などの課題を指摘している。
このような治療は、健康保険が適用されず、1件あたり数千ドルを超える(数十万円〜数百万円)高額な費用を必要とすることが多い。
研究では、「治りたい」という思いにつけ込む形で、未承認の再生医療を提供するクリニックが増えていると指摘。国外の施設を訪れて施術を受ける「幹細胞ツーリズム」として国際問題化していると説明している。
今回紹介する米国とドイツチームの論文によれば、2001年から2018年にかけて35件の未承認の幹細胞治療に伴う有害事象が報告されている。
19件は医学文献から、16件は報道などのメディア情報から収集したものだ。
施術を提供した施設の所在地は、中国、米国、ロシア、ドイツ、ドミニカ共和国、日本など14カ国にわたり、幹細胞の種類は、脂肪由来、胎児神経由来、治療を受ける本人以外の血液由来、動物由来など多岐にわたった。生後18カ月〜88歳(報告症例全体)までと広く、性別も問わず発生していた。ただし、年齢や性別が不明の報告も多い。
発生した合併症は深刻で、メディア報道に基づくと10件の死亡事例が報告されていた。死亡に至った原因は、脳内出血、脳梗塞、心停止、肺塞栓、心筋梗塞、出血性ショックなど。
死亡に至らずとも、深刻な後遺症を伴う合併症も多かった。例えば、視力を完全に失った例が3件、いずれも高額の治療費を支払って脂肪由来幹細胞を両眼に注射された結果だった。
脳脊髄腫瘍の発症や、急性脳脊髄炎による重度の神経障害といった、神経系合併症の報告が複数見られた。
髄膜炎、肺炎、皮膚潰瘍などの感染症も複数報告されており、細菌の混入などの衛生上の問題が疑われる。
自己免疫反応やアレルギー反応を起こした例もある。
移植された細胞由来と見られる腫瘍が発生した例も含まれた。
情報開示の不十分さが指摘されたほか、適切な検証も欠いており、製造手順の記載が乏しく品質の把握が困難であることが課題とされた。
なお、日本からは慢性腎不全の71歳女性が脂肪由来の間葉系間質細胞の注射を受けた後、神経学的な合併症を発症した事例が挙げられた。
感情的な体験談やクラウドファンディングで信頼感

再生医療を原因として死亡が発生。(出典/厚生労働省)
- 倫理的問題→誇大広告や誤情報、SNSや体験談、クラウドファンディングで信頼を装い患者を勧誘。
- 規制の抜け穴→法の監視が届かず、商業的な未承認利用が進行している。
- 科学的根拠の不足→根拠のない治療が「患者の希望」によって広がり、合併症リスクを伴う。
論文では、未承認幹細胞治療が拡大する背景には、倫理、科学、規制の三領域の問題が密接に関わっていると指摘する。
倫理的な問題としては、治療の実態が不明確なまま、誇大な広告や誤情報が広まっている。ウェブサイトやSNSでは、「臨床試験」と称して患者を募集し、感情的な体験談やクラウドファンディングによって信頼感を演出する事例も見られるという。科学的には、従来指摘されているように、科学的根拠のない治療が、「患者の希望」に応じる形で横行している問題がある。
論文によると、規制面でも抜け穴が存在し、法の監視を免れた商業的利用が進行中だと問題視している。
この8月に日本で報告された死亡事例も、外国籍の「幹細胞ツーリズム」に関連する可能性がある。今回紹介した論文は2018年のものだが、7年経ってもリスクは存在しているといえそうだ。
次も再生医療に関連した論文をチェックし伝える。
