「細川亙 現代美容医療を殿が斬る」では、日本形成外科学会理事長をはじめ、多くの要職を歴任し、米国形成外科学会名誉会員でもある細川亙氏が、現代美容医療が抱える様々な問題に鋭い視点で問題提起する。「殿」というのは、細川氏が細川ガラシャの子孫であるから。その源流は明智光秀に通じる。そんな歴史的背景を持つ細川氏が現代に舞台を移して美容医療の分野で一刀を振るう。激動の美容医療の世界をどう治めるのか。
第14回テーマ「美容医療裁判の実態」
美容医療の手術後に合併症が起こるケースがあるが、その原因をめぐって、美容クリニックと施術を受けた者との間で見解が対立するケースが多い。裁判の実態について詳しく知ると、美容クリニックの主張には無理があると感じるケースが少なくないという。
美容医療裁判の実態
(第13回から続く)A子さんの主張に対するBクリニックの反論は、医療の常識から完全に逸脱したものであるが、医療を知らない法曹界の人にはそれが非常識であることが分からない。だから「それは非常識だ」と言ってくれる専門家がいなければ、Bクリニックの無理筋の主張が通ってしまうことになっても不思議はない。私はA子さんから頼まれてBクリニックには忖度せず、「ストーブからの放射熱による低温熱傷が脂肪吸引部の皮膚壊死の発生原因」とするBクリニックの主張を全面的に否定する意見書を書き、また東京地方裁判所に出向いて証言もした。裁判の結果はまだわからない。
鼻中隔の手術後の裁判で聞かれる無理筋の主張
また別クリニックで生じた事案もご紹介しよう。鼻柱が正中より左にずれていることを気にして美容クリニックを受診した中年女性が、手術を受けたところ、術後に鼻柱後方約1.5cmのところに鼻中隔穿孔を生じた。穴の大きさは直径5mmくらいである。
補足説明をすると、鼻中隔とは、左右の鼻腔を仕切っている壁状の構造をいう。鼻の形を支えるとともに、吸い込んだ空気の流れを左右に均等に分けている。
この鼻中隔に穴が開くことで、本来左右に分かれて流れるはずの空気が穴を通って空気の流れを乱すので、鼻の中が乾燥しやすくなったり、呼吸時に異音が生じたりする。穴が大きい場合には鼻づまり感や違和感が持続し、症状が慢性化することもある。
女性はこれについてクリニックの責任を問おうとしたが、これに対するクリニック側の対応が驚くべきものであった。多数の医学文献(鼻中隔周辺の解剖書や手術書)、および本件手術を記録した小1時間ほどの動画などを裁判所に提出し、「この手術でそんなところに穴を生じることはない」と主張したのである。
このような無理筋の主張であっても、医学知識がない裁判官がそれを否定するには大変勇気がいるに違いない。この件については私が鑑定や意見を求められたわけではないが、係争中で結果はまだ出ていない。
「被害者救済」の仕組みが必要だ
美容医療では死亡や失明などの重大な事故から比較的軽微な合併症までたくさんの健康被害を生じている。私がセンター長を務める大阪みなと中央病院美容医療センターでは「美容医療合併症外来」を開いており、美容医療で健康被害を生じた全国の患者がオンラインや対面で受診している。その時、実に真摯な対応をしていて感心するような前医に遭遇することもある一方で、Bクリニックのように唖然とするような責任逃れをしようする前医もある。
仲間内の忖度あるいは庇い合いなどによって、当然果たすべき被害者への責任を免れることができるというのが美容医療界の風土で、明らかにその風土に乗った経営をしているクリニックがあるというのが現実である。そのような悪徳な業者を排除していく取り組みを美容医療界でしないようでは、美容医療が世間からの信用を得ることはないだろう。少なくとも、医療の常識を外れたような主張に対しては、日本美容外科学会や日本形成外科学会などが専門家としての立場から法廷などで意見を申し述べるような「被害者救済」の仕組みを作ってほしいものである。
プロフィール

細川亙 現代美容医療を殿が斬る
細川亙(大阪大学名誉教授)
米国形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会特別会員、日本頭蓋顎顔面外科学会名誉会員、日本創傷外科学会名誉会員、JCHO大阪みなと中央病院名誉院長。日本形成外科学会理事長、日本形成外科手術手技学会理事長などを歴任。大阪大学形成外科初代教授。1979年、大阪大学医学部卒業。
