美容医療を行うためには、形成外科という医学分野に精通していることが重要とされ始めている。海外では、形成外科医が、先天異常疾患や頭頸部再建などの治療を専門とする一方、基本的に健康な人を対象とする美容医療にも取り組むことが一般的であるという。この11月に都内で開催された第42回日本頭蓋顎顔面外科学会学術集会の会長を務めた千葉大学形成外科教授の三川信之氏に、形成外科と美容医療との関連性、それぞれの技術の関係などを聞いた。同氏は「美容医療は究極の形成外科」と語る。
三川信之(みつかわ・のぶゆき)氏
千葉大学大学院医学研究院形成外科学教授
- 海外の形成外科→ 異常を正常に戻す治療と美容医療を両立。形成外科医が日常業務と並行して美容クリニックで勤務。
- 専門医制度の改革→ 日本美容外科学会(JSAPS)の専門医を形成外科専門医の2階に位置づける2階建てのサブスペシャリティ構造を推進中。
- 今後の課題→ 形成外科と美容外科の連携や教育体制の整備が必要。
──海外では形成外科といえば、美容外科を含む意味があるとされる。
三川氏: 海外では、形成外科医が美容外科を行うのは一般的です。私が留学した英国やフランスの小児病院でも、形成外科医は日頃先天異常疾患の治療を行いながら、日勤後や週に1日、美容クリニックに勤務していました。彼らは異常を正常に戻す形成外科的治療を行う一方で、美容医療にも従事しています。
日本でも、美容外科は形成外科の延長線上にあるとして、適切な教育と倫理観を基に美容医療を受ける人たちに貢献することが最も重要だと思っています。そのためには、まず基礎的な解剖学や形成外科の知識・技術を身につけ、異常を正常に戻す経験を十分に積んだ上で美容医療に進むことが望ましいと考えます。
──日本とは状況が異なっている。
三川氏: 私が長い間所属した昭和大学は、大学の中でも美容に対して比較的寛容で、力を入れている施設だと思います。
私が医師として最初に入会した学会は、昭和大学形成外科初代教授である鬼塚卓彌先生の方針で日本形成外科学会と日本美容外科学会(JSAPS)でした。昭和大学は当時、北里大学などと同様に美容医療に力を入れていました。私は形成外科医として、「美容外科は究極の形成外科であり、切り離すことはできない」と考えています。
私が先天異常疾患や熱傷を専門とするからといって、「安易に美容外科はやらない」、「再建外科医であるから美容皮膚科はやらない」などの意見は全く持っていません。むしろ、形成外科医は積極的に美容医療をやっても良い、と考えています。
昭和大学では、形成外科医として、美容外科と形成外科を分けるべきではないという考えが根付いていました。しかし一方で正直、当時(1990年前後)は一般的に形成外科が「善」で美容外科が「悪」と見なされる風潮が一部に存在していました。そのような背景の中で、私は形成外科の研修を送ってしてきました。
しかし、現在ではその考え方も大きく変わってきています。自由診療(美容医療)と保険診療(形成外科)についても、どちらが善で、どちらが悪かということは全くありません。美容外科医を志す若い医師たちが、美容医療を真摯に学び、それを受ける人たちのために確かな技術を身につけたならば、その技術の提供は当然自由診療になります。
千葉大学でも、若い医師たちに一般的な形成外科を学ばせて専門医資格を取得させる一方で、美容外科への進路を決して否定していません。
──国も、形成外科を習得してから美容外科へという流れに注目している。
三川氏: 美容外科と形成外科の間には垣根が存在するのも事実です。そして、その垣根を明確にしようとしているのが現在の日本形成外科学会です。
具体的には、形成外科の専門医制度を2階建てのサブスペシャリティ構造とし、日本美容外科学会(JSAPS)の専門医を形成外科専門医の2階に位置づけようとしています。まだ途中段階ですが、将来的には、美容外科に進むには、まず形成外科の専門医を取得し、その後に美容外科専門医を取得することを目指すべきだというのが日本形成外科学会の方針です。
しかし、その一方で、こうした制度改革を行うと、形成外科医の中でも美容を専門とする医師が増え、再建外科など他の分野への人材が減少するのではないかという懸念の声も一部で上がっています。そのような懸念はもっともな意見であり、難しい問題です。
私は頭蓋顎顔面の形態異常を専門とする形成外科医であり、美容外科の中でも特に顔面の治療に通じる分野だと感じています。最初は機能的な問題であった疾患が、最後は整容的な問題となる症例も多く、その点は美容外科に即した仕事をしており、これが形成外科の方向性だと理解しています。
日本形成外科学会および日本美容外科学会(JSAPS)が2階建てのサブスペシャリティ専門医制度を推奨しており、来年以降さらに議論が活発化すると思われます。今後の動向に注目していますが、形成外科と美容外科の連携および教育体制の整備が求められる時代になっていると感じます。
- 頭蓋顎顔面領域→ 美容医療と密接に関連し、美容外科のセッションが学術集会に数多く組み込まれる。
- Cadaver Surgical Training(CST)→ 献体を用いたトレーニング。倫理観を守りながら国内で高品質な技術向上の場を提供。
- JSAPSでのCST推進→ 学術委員会内に専門部門が設立され、正式な枠組みやルール作りが進む。
──11月に会長を務めた第42回日本頭蓋顎顔面外科学会学術集会でも、多くの美容医療関連の講演プログラムも組まれていた。
三川氏: 頭蓋顎顔面領域は美容医療と深い関わりがあります。今回の学会では、美容外科のセッションを数多く取り入れました。その中で重要なテーマとして組んだプログラムの一つが、「Cadaver Surgical Training(CST)」と呼ばれる献体を用いたトレーニングのシンポジウムです。
背景には、以前から多くの美容外科医が海外で高額な費用を払ってCSTを受けていた実情があります。しかし、それらの中には利益追求が優先されていると感じられる側面もありました。そのような状況を踏まえ、倫理的な基準をしっかりと守りながら、医師の技術向上を目的とした質の高いトレーニングを国内でも実現すべきだと考えており、千葉大学でも積極的にCSTに取り組んでいます。
──学会でもCSTを重要な課題として認識するようになっている。
三川氏: 最近では、日本美容外科学会(JSAPS)の学術委員会内にCSTを推進する部門が設立され、活動を支援していただけるようになりました。
公式の委員会を通じてこれらのプログラムを組織することで、適切な枠組みやルールを確立できます。私は日本形成外科学会CST委員長として、学会でシンポジウムなどを開催し、CSTにおける倫理観の啓発に努めてきました。特に美容外科の分野では、その重要性が高まると思います。
繰り返しますが、美容外科においては、単なる手術技術の習得にとどまらず、高い倫理観を持って取り組むことが求められます。献体者やそのご遺族が詳細を認識されていない場合も多いのが実情です。承諾書にもそこまで詳しく明記されていないため、私たちは市民の敬虔感情や献体者の尊厳を大切にし、倫理観を持って対応しなければなりません。
過去には、ある美容外科クリニックが某大学でのCSTの様子を無断で撮影し、YouTubeに公開するという重大な問題が発生しました。このような不適切な行為が公になると、厚生労働省からの助成金が停止される可能性すらあります。形成外科だけでなく、他の科でも献体を用いたトレーニングが積極的に行われており、こうした事態が起これば全体に悪影響を及ぼします。
私はその際、日形会CST委員長として対応いたしましたが、このような倫理に反する行為は、完全に根絶しなければなりません。美容医療の発展のためにCSTは重要ですが、倫理観を堅持して取り組むことが不可欠です。(続く)