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コラーゲン注入後の鼻の壊死、合併症の治療に20年近く、非外科的治療でも発生し得るトラブル、北里大学形成外科・美容外科学主任教授の武田啓氏に聞く

カレンダー2024.12.23 フォルダーインタビュー

 美容目的で鼻の手術を受けたことのある女性が、フィラー(皮膚充填剤)注入を受けたところ、製剤により血管が塞がり組織が壊死する合併症を起こした。その後、失われた組織を補う再建手術で軽快したが、最後の修正術は18年以上の期間を経て行われた。この女性を治療した北里大学形成外科・美容外科学主任教授の武田啓氏に、非外科的治療でも起こり得る合併症の実際と注意点を聞いた。

北里大学形成外科・美容外科学主任教授の武田啓氏。(写真/編集部)

北里大学形成外科・美容外科学主任教授の武田啓氏。(写真/編集部)

北里大学形成外科・美容外科学主任教授
武田啓氏

──女性はフィラー注入を受けた後に壊死を起こした。

武田氏: ある医療機関でフィラー注入を受けた後に鼻の組織が壊死して、複数回の再建を行った症例でした。非外科的治療であるフィラー注入により重い合併症を起こしたケースです。最終的には20年近くかかったのです。

──論文でも報告している。それによると最初の美容手術から20年以上の期間について報告している。

武田氏: 治療を受けたのは40代の女性でした。この方はX年にA院で糸を用いたフェイスリフトおよびほうれい線(鼻唇溝)へのヒアルロン酸注入を受けました。さらに、4年後(X+4年)、B院で鼻翼を縮小する手術を受けています。さらに、翌年(X+5年)に鼻尖形成術を受けています。手術内容などの詳細は不明です。

 今回、壊死の原因になったのは、鼻尖形成術から約8カ月後(X+5年)にB院で行われた「ヒトコラーゲン0.3cc」のフィラー注入でした。その際の正確な注入部位や事前のアレルギーテストの実施の有無は明らかではありません。

40代の女性。フィラー注入後に鼻の膨らみ部分(鼻翼)が壊死した。(出典/日本形成外科学会誌 2024; 44: 260-265.)

40代の女性。フィラー注入後に鼻の膨らみ部分(鼻翼)が壊死した。(出典/日本形成外科学会誌 2024; 44: 260-265.)

──コラーゲン注入により壊死が起きた。

武田氏: この女性はコラーゲン注入の施術の際に強い痛みを感じていました。それから約2時間後には注入部位が赤く、水ぶくれになりました。鼻の膨らみの根元の部分から目頭にかけて腫れて痛みが現れました。注入後3日ごろからは左の鼻のふくらみ(鼻翼)が黒く変化していきました。すなわち皮膚の壊死が進行したのです。患者さんは改善を期待し、注入後6日にB院を再受診したところ、塗り薬や抗菌薬の飲み薬による治療が行われました。それでも改善せず、注入後9日目に私たちの関連施設に紹介されました。

──皮膚が黒く変色した。

武田氏: 初診時、左の鼻のふくらみ部分の皮膚は明らかに黒く変色し、壊死の状態が確認できました。鼻の側面から目頭にかけて血管が走っている部分に対応して、赤みおよび腫れが確認されました。この状態はフィラー注入により血管の塞栓(血管が詰まった状態)が起きたと疑われる状態です。

 私たちはまず壊死した組織を除き、軟膏を塗り、傷の状態を見ながら、約2カ月後に皮膚欠損が安定した段階(瘢痕が形成された時点)で「再建手術」に踏み切りました。

──崩れた組織を元の形や機能に戻していく。

武田氏: 手術では、鼻の膨らみの皮膚には16×19mm、粘膜の部分にも5×14mmの欠損がありました。幸い左の鼻の膨らみの根元(鼻翼基部)は壊死を免れていました。また、鼻の穴の間に当たる鼻柱の根元(鼻柱基部)には以前の手術によると見られる傷跡(瘢痕)が確認されました。この傷跡は手術を受けた後の血管の再生が不十分だった可能性が考えられました。

 組織を顕微鏡で見たところ(病理組織学的検査)、血管内にフィラーによると見られる血管を詰まらせる異物が確認されました。

 初回の再建手術では、左の耳の皮膚と軟骨を採取し、これにより鼻の膨らみの欠損部分を補うように手術をしました。さらに、ほうれい線の上方を根元にした「皮弁」を作り、欠損部を覆うことで形を元に戻す手術を行いました。

初回の手術では、ほうれい線の上部を根元にした「皮弁」で鼻の欠損部を覆った。(出典/日本形成外科学会誌 2024; 44: 260-265.)

初回の手術では、ほうれい線の上部を根元にした「皮弁」で鼻の欠損部を覆った。(出典/日本形成外科学会誌 2024; 44: 260-265.)

 術後の経過はおおむね良好で、左の鼻の穴の縁が右よりもわずかに高く、鼻の膨らみが外に偏る傾向が見られるものの、比較的満足度の高い形になりました。最初の受診から3年後(X+8年)の段階でいったん治療は完了となりました。

──その後、さらに修正することになった。

武田氏: 再建後の組織は長年にわたり変化を続けます。初回手術から13年後(X+21年)、患者さんは正面から観たときの鼻の穴の左右差が気になるということで再び受診してきました。左の鼻の穴の縁が右より高く、左右差が目立つようになっていたのです。

 これは長期間が経過する間に、傷跡が縮んだり、軟骨が小さくなったりすることで、鼻の穴の縁が上向きに移動した結果と考えられます。

 そこで、修正手術を行い、左の鼻の穴の縁にメスを入れて下へとずらし、これによって生じたスペースに耳から採取した皮膚と軟骨を移植しました。術後は再び良好で、鼻の穴の縁の高さや左右差は改善されました。耳の皮膚を採取したため、わずかな変形が残りましたが、軽い変化で済みました。

最初の手術から13年後の修正手術の結果。(出典/日本形成外科学会誌 2024; 44: 260-265.)

最初の手術から13年後の修正手術の結果。(出典/日本形成外科学会誌 2024; 44: 260-265.)

──フィラー注入をきっかけに長く壊死の影響に悩まされることになった。

武田氏: 今回のケースを通じて得られた教訓は大きいものです。

 まず、フィラー注入後の重い合併症として、まれですが血管塞栓による組織の壊死があることです。特に過去に鼻の手術歴がある場合には、傷ついた血管の回復が十分ではないことがあります。そのため手術から期間が浅い段階でフィラー注入を受けた場合、血管内にフィラーが入ってしまうと、血流不足を補う別の血流が得られずに壊死を起こしやすくなるリスクがあると考えられます。過去、手術を受けた部位へのフィラー注入は避けるべき、あるいは極めて慎重に行うべきです。

──血管の状態は外からは確認しづらい。

武田氏: 血管の解剖学的な位置関係は個人差が大きいのです。鼻の周囲にある血管がどのように走っているかは人によって大きく異なります。例えば、「外側鼻動脈」が、そこで血管が終わってしまう「終末枝」として機能することもあります。つまり、その先につながっていないため、フィラーにより終末枝となっている血管が詰まるとその血管の先には大きな影響が現れます。「ここなら安全」という単純な図式は通用しません。

 さらに、壊死が発生した場合の再建には、非常に長い期間を必要とする場合があるということです。初回の再建では満足できる結果が得られたとしても、10年以上経過して組織の状態が変化して再び修正手術が必要になることがあります。組織の移植を含めた手術を行っても、完全な形の回復は難しいと考え、長期にわたって経過を見て、必要に応じて追加の修正を覚悟する必要があるのです。

──合併症の対応は長丁場となる。

武田氏: 今回のケースを論文報告したのは、フィラー合併症について理解してもらうこと、その再建方法や問題点、長期にわたるフォローアップの必要性を伝えることにあります。

 美容医療におけるフィラー治療は年々増えており、安全性は向上していると言われますが、それでも血管塞栓や視覚障害などの重い合併症は低頻度ながら起こり得ます。過去に手術を受けた部位へのフィラー注入には特に慎重さを必要とします。

 今回のケースを通じて、美容医療を担う医師が解剖学的な理解や合併症への対応能力を身につけるために役立ててほしいと思いますし、患者さんもリスクについて十分に理解したうえで治療に臨むようにすべきだと考えています。

 一見簡便そうに見えるフィラー注入でも、合併症発生時には形成外科の再建技術を要する深刻な状況に陥り得ます。こうした報告や知見を蓄積して、安全な美容医療につなげていくことが大切だと考えます。

プロフィール

北里大学形成外科主任教授の武田啓氏。(写真/編集部)

北里大学形成外科主任教授の武田啓氏。(写真/編集部)

武田啓(たけだ・あきら)氏
1985年、産業医科大学医学部卒業。91年北里大学医学部救命救急医学助手。95年北里大学医学部形成外科学講師。2000年、米国ブリガム・エンド・ウィメンズホスピタル留学。横浜市立港湾病院形成外科医長などを経て、09年、北里大学医学部形成外科学准教授。14年、北里大学医学部形成外科・美容外科学主任教授。日本形成外科学会専門医、指導医、日本美容外科学会(JSAPS)専門医、日本創傷外科学会専門医など、多数の医学会の指導医や専門医資格を保有。

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Author

ヒフコNEWS編集長。ステラ・メディックス代表 獣医師/ジャーナリスト。東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPで「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年にステラ・メディックス設立。医学会や研究会での講演活動のほか、報道メディアやYouTube『ステラチャンネル』などでも継続的にヘルスケア関連情報の執筆や情報発信を続けている。獣医師の資格を保有しており、専門性の高い情報にも対応できる。

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