小室 裕造(こむろ・ゆうぞう)氏
帝京大学医学部 形成・口腔顎顔面外科学講座 教授
- 学会の目標→ 領域別に細分化された美容医療の専門性を高め、安全で充実した医療を提供するための意見交換を促進。
- 鼻の手術の国際学会→ アジア人に特化した術式やデバイスの開発が必要で、修正手術の安全性も重要課題。
- アジア圏での情報共有→ アジア特有の骨格や肌質に合わせたカスタマイズ手術の意義を強調。
──「第48回日本美容外科学会(JSAPS)総会・第154回学術集会」の会長を務める。
小室氏: 形成外科を母体とする学会として、美容外科の専門性を高めながら、エキスパート同士が十分に意見交換できる場をつくることが何より重要な課題であると認識しています。
美容医療は「フェイス」「バスト」「輪郭」など領域別に大きく細分化が進んでおり、専門家同士が最新知見を共有することで、より安全な医療を提供することが可能になります。
美容医療は外見を整えることで本人のコンプレックスを解消し、最終的には内面からの自信を育むことが目的です。つまり「美」の追求そのものがゴールなのではなく、それを受けた人がより充実した人生を送れるようサポートすることが大切だと思っています。そこを強調する意味で「Outer Beauty, Inner Confidence」というテーマを掲げました。
そのテーマにふさわしく、外見と内面の両面を充実させる美容医療がどうあるべきか、議論を深める場としたいと考えています。若返り手術や鼻の手術、レーザーや注入療法など非外科的アプローチも含め、最先端の知見を幅広く取り上げる計画です。若手医師にも積極的に発表していただき、将来を担う世代の育成につなげることを目指します。
──非外科的治療の存在感が高まっている。
小室氏: まず非外科的治療の分野について強調したいことがあります。日本で最初にレーザーを扱い始めたのは、実は形成外科が多かったという事実があります。皮膚科がまだ美容皮膚科として活発になる前、アザ治療や脱毛にレーザーを導入するケースが多かった。ところが今は、あらゆる診療科が参入し、機器の種類も年々増加しています。
レーザーだけでなく、HIFU(ハイフ、高密度焦点式超音波)などのエネルギーデバイスも、「切らずにリフトアップができる」という謳い文句で手軽であるという認識が広がっています。しかし、実際には、骨や神経の走行をしっかり理解していないと、深部で熱を生じたり、神経を傷つけたりするリスクがあります。こうした非外科的治療ほど、外科的な解剖知識が不可欠であると考えます。
──今年は鼻の手術の国際学会、「Rhinoplasty Society of Asia 2025」も併催される。
小室氏: 「Rhinoplasty Society of Asia」の学会が開催される予定で、アジアにおける鼻の手術の課題について議論します。やはりアジア人と欧米人では骨格や肌質が大きく異なるので、同じ術式をそのまま適用してもうまくいかないケースが多く見られます。
──アジア人に合わせた施術が注目されている。
小室氏: 鼻の形や骨格は人種によって異なるため、アジア人に特化した術式やデバイスの適用や開発が求められています。
私が実感しているのは、やはり人種によって求められる美容外科の方向性が異なるということです。欧米の学会に参加しても、白人の「高い鼻を下げる」、「ワシ鼻を修正する」といった手術と、アジア人が望む「低い鼻を高くする」、「フラットな顔にメリハリをつける」といった術式とでは、どうしても土俵が異なる。
同じ国際学会の場で情報を共有しても、互いにあまり役立たない場合もあります。だからこそアジア圏で集まり、日本人や韓国人など、似通った骨格・肌質の方を対象にしたカスタマイズ手術を議論する意義が大きいと考えます。
──何を使って鼻を高くするかなどもポイント。
小室氏: 海外では、アジア人の手術に対しては鼻の高さを足すインプラント素材を使用するケースが多く見られます。その適合が悪いと経年変化や形状の崩れが生じる可能性があります。そうしたリスクを踏まえると、「結局、人工物より軟骨移植の方がいいのか」、「どの方法なら合併症が少ないのか」など、まだまだ検討すべき課題が多く残されています。
一時期、注入によるプチ矯正が流行した時期もありましたが、やはり鼻は顔の中心部なので合併症が起きた際のリスクが高く、慎重に検討すべきであると考えます。
例えば、韓国では積極的に輪郭や鼻の手術を行ってきた歴史もあります。形をシャープにする手術が急速に広まって、過剰な施術によるトラブルや二次修正の増加傾向が見られます。
修正手術は、一度手術した鼻に対する再手術であるため、合併症リスクや難易度が格段に上がります。そこが現在の重要なテーマとなっており、「どう安全に修正するか」を学会で集中的に話し合う予定です。
最近は、また外科的な手術方法に立ち戻る傾向も見られます。いずれにしても「アジア人向けの鼻形成術とは何か」を見極め、長期的に安全かつ自然な仕上がりを実現するため、今回の学会で最新の情報やノウハウを共有する予定です。
- 美容医療への関心の高まり→ SNSの普及やマスク生活の影響で施術へのハードルが下がり、「若返り手術」などの需要も増加傾向。
- 自由診療のリスク→ 脂肪吸引やヒアルロン酸注入などで事故が起きやすく、合併症や賠償対応の体制が不十分な現状が課題。
- 医療制度の課題→ 初期研修後の若手医師が自由診療に移る例が多く、保険診療での経験を一定期間確保する制度が求められる。
──美容医療のトラブルも多いが関心は着実に高まっている。
小室氏: 日本でもここ10年で美容医療の認知や関心は大きく変わりました。さらにSNSの浸透やコロナ禍でマスク生活が長引いたことで、「今のうちに施術をしよう」という人が増えたり、「ちょっとしたコンプレックスを手軽に治せるんじゃないか」と思うハードルが下がる傾向が見られます。また、欧米では高齢層が「若返り手術」を受け入れる姿勢が広がっており、日本でも今後はそうした需要が拡大すると思います。
こうした気軽さは長所でもあり、リスクの理解不足という短所にもなるので、注意が必要です。自由診療の領域は規制が及びにくい一方で、脂肪吸引やヒアルロン酸注入の事故、レーザーによる色素沈着といったトラブルが発生しやすい。賠償・補償制度や合併症への対応体制など、美容医療を受ける方々を守るための仕組みをしっかり整えることが喫緊の課題です。
──脂肪吸引での事故が大きく注目された。
小室氏: 脂肪吸引も昔からトラブルが多い治療の一つです。皮下脂肪層だけを狙うはずが、筋肉や血管を誤って損傷するケースも報告されています。麻酔管理が不十分だったり、解剖への理解が足りなかったりすると、深刻な事故につながる可能性がある。しかも、こうしたトラブルに対する賠償保険やリカバリーの仕組みがまだまだ不十分で、患者さんが泣き寝入りを強いられる例も多く見受けられます。
そもそも美容医療の自由診療は、十分な規制がないまま拡大してきました。厚生労働省も取り組みを始めていますが、包括的に規制するのは簡単ではありません。学会単位でガイドラインを作成したり、保険会社と提携して事故対応の枠組みを整えたり、課題が多く残されています。安全・安心を第一に考えると、現状の自由診療には不透明な部分が多いと感じます。
医療制度全体を見渡してみると、保険診療と自由診療のかい離が大きいのも日本の特徴の一つです。実際、初期研修(2年間)が義務化されてからは、若い医師が保険診療に触れる機会は確保されましたが、その後すぐに自由診療へ移り、リスクの高い美容医療を手がけ始める場合も見られます。
そこで、「初期研修後も一定期間は保険診療に関わるような制度」を設けられないかという議論が提案されています。外科系や形成外科に限らず、医師としての倫理観や総合的な診療能力を維持するためにも、ある程度の強制力を持たせることは必要と考えられます。
自由診療だからといって何でも許されるのではなく、美容医療を受ける方々を守るルールづくりを進めることが、これからの美容医療にとって大きな課題であると考えます。(続く)