
原井クリニック院長の原井宏明(はらい・ひろあき)氏(写真/編集部)
原井宏明(はらい・ひろあき)氏
原井クリニック院長
- 集団治療の意義→鼻や肌、髪の生え際など悩みは多様だが「見た目へのこだわり」という共通点がある。悩みを共有することで「自分だけではない」と感じ、仲間意識や励まし合いが生まれる。
- エクスポージャー→不安をあえて体験し慣れる治療法。不潔恐怖では、便器やスリッパを使った課題、SNS不安への「デジタル曝露」なども行う。治療者が手本を示し、患者もセルフで継続できるよう指導する。
- 儀式妨害→繰り返す安心行動(儀式)をやめる訓練。不潔恐怖では「水抜き」として3日間手洗いをやめる。汚れタオルを使い続ける課題や「聖域」と呼ぶ大切な物をあえて汚す課題も実施。
──身体醜形症に対する行動療法に取り組んでいる。
原井氏: 私が30年以上実践してきた「3日間集団集中治療」は、もともと不潔恐怖や確認強迫など、強迫症の治療を目的に行われたプログラムです。これを身体醜形症にも適用し、徐々に改良を重ねてきました。
強迫症向けの集団集中治療は熊本で始めた当初は入院治療でしたが、2008年に名古屋で院長職に就いたことから現在の3日間コースに再構成しました。
身体醜形症は、自分は本当はこう見えるはずなのに、そうなっていないという身体イメージの歪みが苦痛の源になります。参加者はあらかじめ決められた3日間、クリニックに通い、認知の歪みを修正していきます。
──専門的なクリニックを開き、継続的に取り組んでいる。
原井氏: 2019年に東京で原井クリニックを開業し、強迫症専門の診療体制を整えると同時に、身体醜形症にも集団集中治療を本格導入しました。プログラムの参加人数は回ごとに異なりますが、多いときで10人程度。精神保健福祉士の松浦と私が指導役を務め、全体としては6~8人が最も進めやすい印象です。
身体醜形症を抱える人たちが悩んでいる体の部位は鼻、肌、手の甲の静脈、髪の生え際などさまざまですが、「見た目」のことに対するこだわりが強く、頭の中がそのことで占領されてしまっているという精神的なメカニズムは共通です。
グループで互いの悩みについて話し合うことで、「自分だけではなかった」と仲間意識が生まれ、相互に励まし合えるようになります。これは集団治療ならではです。
──同じ悩みを持つ人が集う意義は。
原井氏: 心の奥に押し込めている「外見の悩み」を自ら引き出し、他者の前で言葉にしていきます。しまい込んだ秘密を初めて取り出すことで「これは病気による思考の歪みだった」と自分を俯瞰的に理解することができる。ここから行動療法が始まります。
松浦氏: 集団治療は心理教育と目標設定から始まり、実地の「エクスポージャー(曝露療法)」や「儀式妨害」へ進みます。最後に振り返りと再発予防計画を共有します。課題はご本人が抱えている症状に基づいて決められます。
──「エクスポージャー」とは?
原井氏: エクスポージャーは、不快な感覚に慣れるようにする治療法です。十分な強さの不安を、十分な時間をかけてあえて体験し続けることです。
不潔恐怖の代表的なエクスポージャー課題としては、汚れたままの手を舐める、スリッパの裏を触って頭に乗せる、便器の中に手を入れるなどがあります。初めは抵抗感がありますし、やれないと思うのが普通です。そのためまずは治療者が実際にやって見せます。その後、他の患者さんもやるのを見ながら、自分もしてみるといった形で実践します。少しでもできたらお互いに褒め合います。
「自撮り写真を誤って投稿したかもしれない」「メッセージを消し忘れたかもしれない」といったSNS由来の不安に向き合う「デジタル曝露」に取り組むこともあります。
エクスポージャーに取り組むときには、症状に合わせて課題を設計する必要がありますし、私たち治療者自身もやってみせる、「患者さんと同じ汗をかく覚悟」も必要ですから手間のかかる治療です。
こうしたエクスポージャーは治療者の助けを受けて取り組むだけではなく、自分一人、患者さん同士、家族と一緒に、日常に戻ってからもできるようにします。これはセルフエクスポージャーと呼んでいます。
──もう一方の「儀式妨害」という行動も大きな意味を持つ?
原井氏: 儀式妨害は、エクスポージャーと並んで治療の柱です。安心するために繰り返す行動を、あえてやめることです。繰り返す行動のことを「儀式」と表現しており、それを一切しないのです。
不潔恐怖の儀式妨害では、「手洗い」の行動をやめてもらいます。これを「水抜き」と呼んでいますが、文字通り、3日集団集中治療では、手洗いをせずに過ごしてもらいます。食事の前も手洗いをしません。朝は歯を磨いてよいですが、顔を洗うのは控えてもらいます。
また、目に見える汚れはタオルで拭き取ってよいのですが、このタオルを「汚れタオル」と呼んで使い続けてもらうといった課題も考えられます。
スマートフォン、ベッドシーツ、枕、クローゼット、化粧品、下着など「絶対に汚したくない」と感じる物、これを「聖域」と呼んでいますが、ここにもあえて踏み込み、手を洗わないまま触って汚します。家族にも触れさせたくないような物にも触れてもらうのです。
- 身体醜形症のエクスポージャー→不安を抱えたまま街を歩く・他者と交流する。例として、欠点を書いたマスクで外出、ニキビ風シールを貼って電車に乗る、身だしなみを乱す課題などがある。
- 身体醜形症の儀式妨害→鏡での繰り返し確認、左右対称のメイクや髪型といった行為をやめる。不安をそのまま抱えても問題が起こらないことを学習する。
- 追加課題の工夫→あえてゆがんだ写真を見せる、ブロックをずらして置くなど、日常的なこだわりを崩す課題を実践。不完全さを受け入れ、理想像の呪縛から解放されるステップとなる。
──嫌なことをあえて行う。
原井氏: 心の中にもきれいなものを残さないようにします。これも聖域です。
例えば、頭で自動的に行われる「心の中の儀式」というのがあります。例えば、仏像を見ると祈らずにはいられない人もいます。その場合、祈りのプロセスに拮抗する別の行動(一例としては、南無阿弥陀仏を逆から言う)をするようにして、祈る儀式を断ち切ります。
心の中の儀式を妨害するためにマインドフルネスも取り入れています。音楽や絵画を鑑賞したり、街を歩いて通りがかりの人たちの存在を感じたりしてもらう、川の流れを頭に思い描き、湧いてきた考えをすべて川に流すことをイメージしてもらうといったことに取り組みます。
多くの人は儀式によって「どうにか生き延びてきた」歴史があるため、「儀式をやめましょう」だけでは届きません。背景に寄り添い、丁寧に妨害していく必要があります。
──身体醜形症もエクスポージャーと儀式妨害によって解決を目指す。
原井氏: 身体醜形症であれば、欠点を他人に見られ続ける状態のまま、その不安や不快感を抱えつつ、街を歩いたり他者と交流したりします。
ある方には、マスクに「鼻が大きい」「肌が汚い」など自身が気にする部位を書いてもらい、そのまま銀座の街を歩いてもらいました。身体醜形症に関連した代表的な課題としては、身だしなみを乱したり、顔にニキビのようなシールを貼って電車に乗ったりすることがあります。
また、身体醜形症の儀式妨害としては、「鏡で同じ部位を何度も確認する」や「左右対称にメイクする、ヘアセットする」といった行為をやめてもらいます。これらを意図的に中断することで、不安をそのままにしても何も起こらないという学習が進みます。
松浦氏: 例えば、左右対称へのこだわりが悩みにつながっているケースであれば、あえて少しゆがんだ写真を見せるようなことがあるでしょう。また、積み木やブロックをあえて少しずらして置くなど、日常の小さな儀式を崩す課題が考えられます。
「私は鼻の穴が大きいです」と書いたマスクで外を歩くといった、他者の目にさらす形でのエクスポージャーも、身体醜形症では意味あるステップになります。「不完全さ」と向き合って、少しずつ理想像の呪縛から解放されるための手助けができればと考えています。

原井クリニック院長の原井宏明(はらい・ひろあき)氏(写真/編集部)
プロフィール
原井宏明(はらい・ひろあき)氏
原井クリニック院長
1984年に岐阜大学医学部を卒業後、ミシガン大学文学部に留学し文化人類学を専攻。1985年より神戸大学精神科で研修を行い、1986年に国立肥前療養所へ入職し山上敏子氏から行動療法を学ぶ。1998年に国立菊池病院へ転勤し精神科医長を務め、うつ病や不安障害、薬物依存の専門外来や治験を担当。2000~2001年にハワイ大学精神科アルコール薬物部門へ留学し、2003年に臨床研究部長、2007年に診療部長に就任。2008年より医療法人和楽会なごやメンタルクリニック院長、2013年からハワイ大学精神科臨床准教授を兼任。2018年に同クリニックを退職後、同年9月に株式会社原井コンサルティング&トレーニングを設立し代表取締役に就任。2019年1月より現職。
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