
原井クリニック院長の原井宏明(はらい・ひろあき)氏(写真/編集部)
プロフィール
原井宏明(はらい・ひろあき)氏
- 3日間集団集中治療の特徴→身体醜形症と強迫症の患者が同じ空間でエクスポージャーや儀式妨害に挑む。恐怖や抵抗感が強いため、仲間と支え合うことで課題に取り組める。
- 初日の進行→輪になって不安や困りごとを共有。ただし「病気自慢」の雰囲気を避け、悩み解決に集中できるようにする。
- 社会的側面→職場や家庭で悩みを打ち明けていない人も多い。強いこだわりが仕事で力を発揮し成功している場合もあるため、外からは悩みが分かりにくい。周囲が「見た目を気にしすぎ」と指摘している場合は注意が必要。
──3日で悩みからの解放を目指す。
原井氏: 既に説明した通り、3日間集中集団治療では、身体醜形症と強迫症の患者さんが同じ空間で「エクスポージャー」や「儀式妨害」と呼んでいる治療に取り組みます。
それは自分にとって嫌なことをあえて行うものですから、恐怖感などから気持ちが乗りづらいものです。自分一人だけではなかなか取り組めないところもあります。
同じ悩みを持つ人たちと一緒に課題に取り組むことで、互いに支え合うことができるようになり、難しい課題にも取り組めるようになります。
初日は、身体醜形症を含む強迫症の仲間で輪になり、それぞれが抱えている不安や困りごとを分かち合います。身体醜形症といっても症状は本当に多様です。一般的に、患者さんが集まってグループになると、症状を語り合う中で、あんな症状もある、こんな症状もあると、いわば「病気自慢」になってしまうことがあります。この時には少し嬉しい気持ちも湧いてきて、症状の重さを競うような場面が出ることもあります。しかし、治療のためにはそうした雰囲気を避け、あくまで悩みの解決に集中できるようにします。
──身体醜形症の人はどのように悩みを抱えてやってくる?
原井氏: 例えば、10代の女性の一人は、自分の顔が気になり、生理前になると一層悲しい気持ちが強まるという方でした。外見に不満があり死にたい。美容整形をしたい。顔を変えないと人生が止まったように感じるということです。大学のオンライン授業の最中も鏡を横に置き、1日に50回以上も確認してしまうほど。自分の顔と付き合いたくないという強い悩みを抱えていました。ずっとマスクが手放せない生活を送っていました。
エクスポージャーや儀式妨害の課題に取り組む中で、人に笑われるという経験をして、過去に高校で感じた恥の感覚がフラッシュバックし、そのときの状況を怖がっていたことに気付いたと振り返っていました。人前で思い切り泣いたことで、混雑した道を歩く感覚が変わり、治療後にはノーメイクでも外出できるようになったといいます。人との関わり方が変わったと語っていました。
──気付きが生まれ、悩みから解放される。
原井氏: もう一人の10代女性は、目が小さく見える、鼻が大きく見えるなど「見え方」そのものが歪んで感じられ、やはり鏡やスマホ、窓に映る自分を何度も確認していました。3日間集団集中治療では、「悩んでいるのは自分だけじゃない」と実感できたことで、周囲への見方が変わり、生活に大きな変化があったと感想文を寄せてくれました。
──身体醜形症に悩む男性もいる。
原井氏: 20代の男性は、自分の見た目を「普通の人と違うのでは」と恐れ、鏡が手放せず、目は眉下切開をし、鼻にはヒアルロン酸を注入し、その後、鼻の幅を狭くする手術、唇を薄くする手術も受けたそうです。それでも、外見に満足できず、手術を受けたい気持ちが収まらない状態だったといいます。この方もグループで課題に取り組む中で、鏡を見る回数が減り、見た目が乱れている状態でも外出できるようになったと述べていました。
もう一人、40代の男性は「鼻の穴が広がっている」という思いに25年近く苦しみ、精神科に足を運んだことなどもあったということでした。
その後、私のクリニックで強迫症と診断し、3日間集団集中治療に参加することになりました。
エクスポージャーでは、友人にも言っていないコンプレックスを話し、家族にも秘密である美容整形を受けていることも話しました。その後、あえてマスクに「鼻の穴が大きい」と書いて銀座を歩く課題に挑むなどして取り組み、自分が最も隠したいことを最初から露わにした状態にすることで、不安が徐々に軽くなり、吹っ切れたといいます。
──職場や家庭では悩みを打ち明けていないことも多い。
原井氏: 悩みを胸にしまっていることも珍しくありません。
身体醜形症を含めた強迫症の人は、外見へのこだわりなどに苦しむ一方で、強いこだわりを持つ性格が仕事に生かされてむしろ社会的に成功している人も少なくない。徹底した注意深さや完璧を求める姿勢などが力を発揮するのです。まさか悩みを抱えているなどとは外から見ても分かりませんが、実際には深い悩みに苦しんでいるのです。もっとも本人もそれを病気だとまでは考えないこともあります。話した通り、周りが見た目を気にしすぎなどと指摘している場合には注意が必要でしょう。
- 治療の効果→グループで取り組むことで「意外と大丈夫だった」と実感でき、考え方の歪みが修正される。避け続けた他人の視線と向き合い「誰も気にしていない」と学ぶ。
- 治療の目的→恥を恐れずにリスクをとる経験を重ねることが、人間関係や挑戦につながる。自己開示や失敗を仲間と共有することで「本当にしたいこと」を優先できるようになる。
- エビデンス→エクスポージャーは強迫症の第一選択治療として確立されている。ただし、患者ごとに課題を設計する必要があり、実践には大きな手間がかかる。
──治療を通して身体醜形症の悩みから解放されている。
原井氏: みんな最初は緊張もありますが、グループで取り組んでいく中で、「意外と大丈夫だった」と自信を持てるようになり、考え方の歪みが修正されていきます。
エクスポージャーや儀式妨害をする理由の一つは、避け続けてきた「他人の視線にさらされること」と正面から向き合い、「意外と誰も気にしていない」という事実に触れて考え方の歪みを修正していくことです。
「最悪を経験しても、実際には何も起きなかった」という学びを積み重ね、最初は尻込みしていても、終える頃には「意外と大丈夫だった」「気が楽になった」と感想を述べられます。
治療の目的は、恥をかいたり、格好悪い姿を他人に曝したりしてリスクをとることにあります。たとえ、見た目が完璧な人であっても失敗して恥をかくこともあれば、他人に弱みを握られることもあります。恥を恐れていては、親密な人間関係を作ったり、何かに挑戦して成長したりする機会を失うことになります。
自分のコンプレックスや恥ずかしい過去を自己開示して、失敗をしてみることも同じような悩みを持つ仲間と一緒なら頑張れます。これが3日間集団集中治療の力です。
「絶対に見られたくない自分」をあえてさらす体験を重ねることで、本当にしたいことを優先できるようにしていきます。
──エクスポージャーや儀式妨害の効果は確か?
原井氏: エクスポージャーは強迫症に対する第一選択の治療とされるほど確かなエビデンスがあります。
一方で、実際に現場で実施している医療者は多くありません。人により気になるポイントはそれぞれなので、個人ごとに合わせたエクスポージャーや儀式妨害を設定します。そのために多くの手間がかかるのです。
私は患者さんと身を切る覚悟で挑戦することを信条に続けてきました。例えば、シャツを前後ろ逆に着て銀座を歩くといったエクスポージャーに自ら取り組みます。ここで、もし私が嫌がれば患者さんも挑戦できません。
現場では「正しいが手間がかかる方法」より「短時間で提供できるサービス」が優先されがちです。教科書に載っていても、エクスポージャーは現場で実施されにくいのは難しいところです。
──どのように治療を広げていけば?
原井氏: 身体醜形症では、「エクスポージャーが必要」どころか、病気がそもそもどういうものかが十分浸透していないところもあります。身体醜形症という概念自体、ようやく認識され始めた段階です。
一方で、2025年6月、神戸市で開催された日本精神神経学会学術総会で、身体醜形症のシンポジウムを開催したところ、立ち見が出るほどの関心の高さでした。
身体醜形症とその治療についての理解を広げながら、より多くの人たちの悩みの解決に取り組みたいと考えています。社会的な機能を取り戻してもらい、自分の人生を前向きに歩めるように導いていきたいと考えています。

原井クリニック院長の原井宏明(はらい・ひろあき)氏(写真/編集部)
プロフィール
原井宏明(はらい・ひろあき)氏
原井クリニック院長
1984年に岐阜大学医学部を卒業後、ミシガン大学文学部に留学し文化人類学を専攻。1985年より神戸大学精神科で研修を行い、1986年に国立肥前療養所へ入職し山上敏子氏から行動療法を学ぶ。1998年に国立菊池病院へ転勤し精神科医長を務め、うつ病や不安障害、薬物依存の専門外来や治験を担当。2000~2001年にハワイ大学精神科アルコール薬物部門へ留学し、2003年に臨床研究部長、2007年に診療部長に就任。2008年より医療法人和楽会なごやメンタルクリニック院長、2013年からハワイ大学精神科臨床准教授を兼任。2018年に同クリニックを退職後、同年9月に株式会社原井コンサルティング&トレーニングを設立し代表取締役に就任。2019年1月より現職。
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