
Jean-Paul Meningaud(ジャン・ポール・メニンゴー)氏。(写真/編集部)
Jean-Paul Meningaud(ジャン・ポール・メニンゴー)氏
- フランスには美容医療専門医がない→ 形成外科や皮膚科の専門医資格はあるが、美容医療だけの公的専門資格は存在していない。
- 医師の経験が見えにくい→ さまざまな専門の医師が参入できるため、施術を受ける側からは技術や訓練の程度が分かりにくい。
- 大学と医師会が教育制度を整備→ 複数大学が連携する「DIU」という教育プログラムで美容医療の研修を体系化。これが今後、公的な資格として扱われる方向になっている。
──フランスにおける非外科的美容医療のトレーニングや資格の現状を、どう見ている?
メニンゴー氏: まず前提として、現在のフランスには美容医療そのものを独立した専門領域として認定する、正式な専門医資格がありません。形成外科や皮膚科の専門医はありますが、「美容医療専門医」という公的資格は存在しないのです。
これは制度上の大きな問題を生みます。美容医療をやりたい医師は増えているのに、その医師が「どれだけ訓練を受け、どれほどの技術と経験があるのか」が社会から見えにくい。一般開業医(GP)を含め、さまざまな専門背景の医師が参入できるがゆえに、施術を受ける人からは判断しにくいのです。
さらにフランスではGPが不足しています。政府には「美容医療へ医師が流れるのを抑え、一般医療を担う医師を確保したい」という意図もある。ですから規制は長年議論されてきましたが、制度化は簡単ではありませんでした。私たちは20年、30年単位で取り組んできて、何度も成立しなかった。そこが現実です。
──その中で、制度はどのように作られている?
メニンゴー氏: フランスでは、政府というよりフランス医師会(Conseil national de l’Ordre des médecins)の役割が大きいです。医師は自分の資格や標榜をここに申告し、場合によっては活動制限を受けることもあります。不適切な医療行為があれば「もう診療してはいけない」と判断され得る。医師の実務的な統制において、医師会は非常に重要です。
医師会と大学が協議する中で「大学として公式な教育枠組みを整えてほしい」という要請があり、私も大学教授として制度づくりに関わってきました。
──フランスには元々大学間ディプロマ(DIU、Diplôme Inter-Universitaire)という医師教育の仕組みがあった。
メニンゴー氏: ここが誤解されやすい点ですが、DIUは新しい専門医資格ではありません。皮膚科専門医や形成外科専門医のように、専攻が切り替わる制度ではない。
ただし、大学で研修を受けたことを示すだけではなく、医師会が受け入れる枠組みとして「私は美容医療も実践している」と公式に表示できるところに意味があります。
例えば、産婦人科医が美容医療のDIUプログラムを修了しても、その医師は産婦人科医のままで専門は変わらないのですが、美容医療も行うことを示せる。
私はこれを「資格と専門医の中間」のような位置づけだと説明しています。
──美容医療に関わる証明や資格には、どのような階層がある?
メニンゴー氏: 下から順に整理すると分かりやすいでしょう。
最下層は、フィラー企業などが出す民間の受講証明です。研修として意味はありますが、公的な価値は限定的です。次に民間教育会社のワークショップなどが発行する証明書があり、多少の価値はあるが大きくはない。
その上に、教育の質を担保するラベル(例として、職業教育品質認証制度=Certification Qualiopiのような枠組み)がある。利益相反のリスクを下げる意義はありますが、医師の専門資格とは違います。
さらに上が「大学ディプロマ(DU、Diplôme Universitaire)」。大学の正式な修了証で、公式性は高い。ただし、それだけで「美容医療医」と標榜できるわけではない。
DUより上の位置づけとして、複数大学が連携し、医師会が受け入れるDIUがある。これによって専門は変えずに、美容医療を実践していることを示し得る。
最上位にあるのが国家ディプロマ、つまり皮膚科専門医や形成外科専門医など、政府が定める本来の専門資格です。
──美容医療のDIUのプログラム内容は。
メニンゴー氏: フィラー、レーザー、ボツリヌストキシン(ボトックス)など、非外科的美容医療の主要領域を含みます。
一方で、永久糸のように外科と見なされ得るもの、毛髪領域でも毛髪移植(follicular hair implants)のように「美容医療か外科か」の区分が難しい領域は、現時点では含めていません。ただ、プログラムは固定ではなく、必要に応じて改訂され得る。2年後に含まれている可能性もあります。

Jean-Paul Meningaud(ジャン・ポール・メニンゴー)氏。(写真/編集部)
- 規制は必要だが強すぎても問題→ 過度な規制は、違法な施術者の増加につながる可能性がある。
- 医師の国外流出の懸念→ 規制が厳しすぎると、中東など海外へ移る医師が増えることがある。
- 安全と現実のバランスが重要→ 患者の安全だけでなく、医師や市場の実態も考えて制度を設計する必要がある。
──規制を強めることについては、どう考えますか。
メニンゴー氏: 規制は必要です。しかし、規制が過剰になると反作用が起きる。ここは強調したい。
もし規制が厳しすぎて、正規の医師が注入を提供しにくくなると、その空白を埋めるように「偽注入者」が増えてしまう。フランスでは非医師による注入は違法で、本来は刑罰の対象になり得ます。しかし現実には法律と実態の乖離があります。摘発されても罰金で終わるケースもある。だから問題は残ります。
さらに規制が重すぎると、医師が国外へ移ります。中東などへ移る医師が増えている。私の身近な友人だけでも、ここ2年で5人が国外へ移りました。規制の設計は、医療の安全だけでなく、人材流動や市場の現実も見なければいけないのです。
──英国も無資格の問題が注目されている。
メニンゴー氏: 英国は、私の見立てでは問題が大きい。
医師には厳しい規制がある一方で、現実には非医師でも注入が行われ得る状況がある。つまり「誰でも注入できるのに医師だけが縛られる」という最悪の組み合わせになっている。
結果として医師が国外へ流出している。スイスへ移る例もある。スイスも厳格ですが、英国ほどではない、と聞いています。
──パリのクリニックは、正規の医師も通りから分かりにくい。偽物の医師が隠れて診療をしやすい。
メニンゴー氏: それは広告規制が強いからです。大きな看板を出したり、派手に宣伝したりできない。むしろ有名であればあるほど表示が控えめになり、電話番号すら掲示しないこともある。私たちは厳格であることを求められます。
──増えているチェーンクリニックについてはどう見ていますか。
メニンゴー氏: デバイス中心の分野、例えばレーザー脱毛のような分野ではチェーン化は成立しやすい。しかし注入やフェイスリフトのように、医師個人の技能、責任、そして医師と患者の信頼関係が中心になる医療では、チェーンは難しい。
医師は経験を積むと独立したくなるので、定着しにくい。フィラーは原価もかかり、雇用医師を抱えるモデルでは採算が難しい。もし私が投資するなら、美容医療のチェーンではなく別のビジネスを選びます。
──今後、美容医療のDIUが法制化されて本格的に実施される。
メニンゴー氏: DIUは成立まで困難を伴いました。反対も多かった。しかし今は落ち着き、制度は自走できる段階に入ったと感じています。私は今後、教育プログラムと自分の臨床により集中したい。
この制度は私にとって「子ども」のようなもので、最初は育てるが、成長すれば自立していく。必要があれば助言はしますが、基本は若い世代が担うべきでしょう。
将来的には政府がより直接的に承認し、その先には国家ディプロマ化、つまり専門医化する可能性もある。
ただし、専門医化すれば、GPや産婦人科医が「本来の専門を維持したまま美容医療も行う」という両立は難しくなります。段階を踏む必要があると私は考えています。
受講者数は初年度は慎重に少人数で運用し、安定すれば毎年一定数を受け入れていく。
ただ、世間で言われる「美容医療医が8000人いる」という推計には私は懐疑的です。日常的に本格的に実践している医師は、せいぜい1000人が上限ではないか。応募者が300人いても、水準が十分でない層が一定数含まれる。政府が「量と質の両方をコントロールしたい」と考えるのは理解できます。
なお、私は美容医療・美容外科の学会AIME(International Congress on Aesthetic Medicine, Plastic Surgery, Anti-Aging & Cosmetology)の会長を務めています。2026年の会には日本の医師も歓迎したい。美容医療の施術を扱った演題がメーンの学会です。開催は6月18、19日で、英語で行われます。
参考リンク
AIME(International Congress on Aesthetic Medicine, Plastic Surgery, Anti-Aging & Cosmetology)
https://www.aimecongress.com/
フランス、美容医療の「非外科的施術」にも2年研修を義務化へ フィラー注入やレーザー脱毛実施まで最短5年の方向に、美容医療医師の急増に問題意識
https://biyouhifuko.com/news/world/15498/
プロフィール

Jean-Paul Meningaud(ジャン・ポール・メニンゴー)氏。自身のクリニックで取材を行った。(写真/編集部)
Jean-Paul Meningaud(ジャン・ポール・メニンゴー)氏
フランス・パリ東クレテイユ大学(Université Paris-Est Créteil, UPEC)教授として顎顔面外科・形成外科領域を専門とし、フランスにおける非外科的美容医療の教育枠組みDIU(Diplôme Inter-Universitaire)整備に関与。アンリ・モンドール大学病院(Henri-Mondor University Hospital)で形成・再建・美容・顎顔面外科部門の責任者を務めた。欧州顎顔面外科学会(European Association for Cranio-Maxillo-Facial Surgery)元会長(2018–2020)。美容医療・美容外科関連学会AIME(International Congress on Aesthetic Medicine, Plastic Surgery, Anti-Aging & Cosmetology)会長。
