
Christine Magnier(クリスティン・マニエ)氏。(写真/Alice)
Christine Magnier(クリスティン・マニエ)氏
──フランスの美容医師の育成の課題とは。
マニエ氏: フランスは日本と似た問題を抱えています。研修制度は分かりにくくなっていました。
無資格者による違法な注入が行われている問題もあります。
──フランスの医師教育の基本構造を教えてください。
マニエ氏: フランスでは、まず一般の医学教育を受け、その後に専門領域へ進みます。皮膚科医や形成外科医は、専門研修であるインターナ(internat)を終えると、美容医療で行われている注入、ボトックス、ピーリングなどを行うことができます。
一方で、一般開業医(GP)や麻酔科医、婦人科医など、別の専門領域の医師が美容医療を行う場合、大学の正規カリキュラムの外側で追加研修を受けることが多い。継続医療教育(formation médicale continue)のような位置づけになっています。
──美容医療の研修にはどのような種類がある?
マニエ氏: 大きく2つの系統があります。
1つは、30年以上前から存在する民間の研修です。代表的なのはフランス国立美容医療カレッジ(Collège national de médecine esthétique)と呼ばれる枠組みで、私自身も2000年に受講しました。理論と実技があり、多くの医師がここを通って美容医療に入った。結果として、現在よく知られ、専門職として認知されている医師を多数輩出してきた、という実感があります。
もう1つは、大学(faculté)で行われるディプロム(Diplôme)です。パリのほか、パリ南東のクレテイユ、フランス南部ニースなど、各地の大学で実施されてきました。
ただし、これらは国公認の資格とは重要な違いがあります。
──重要な違いとは。
マニエ氏: 大学のディプロム(DUなど)は大学として公式の研修修了ですが、それがそのまま「標榜できる資格」になるとは限りません。
フランスには医師を統括する職能組織としてフランス医師会(Conseil de l’Ordre des médecins)があります。医師同士の紛争、契約、職業上のルールなど、医師の職能に関わることを幅広く扱う機関です。
この機関が「どのディプロムを、専門性として表示できるものと認めるか」を左右することがある。大学のディプロムでも、規制機関に認められていない場合は、医院の標榜や処方箋に美容医療を表示する根拠にはなりません。美容医療は専門医(specialité)ではありませんから、なおさら混乱しやすいのです。

Christine Magnier(クリスティン・マニエ)氏のクリニック外観。(写真/編集部)
──フランスでは元々DIU(大学間ディプロム、diplôme interuniversitaire)の仕組みがあった。それは美容医療においてどう位置付けられた?
マニエ氏: DIUは、規制機関が認めれば、標榜や処方箋に表示できる資格になり得ます。
私の理解では、2007~2008年頃に「Médecine morphologique et anti-âge(形態・アンチエイジング医学)」のDIUが、いったんは規制機関に認められました。
ところが、その後、DIUの扱いが宙に浮きました。標榜資格や処方箋に記載できるものとして扱われなかったのです。
その結果、ここ10年ほどは、民間研修、各大学のDU、大学間のDIUなどが併存し、何がどの位置づけなのか分かりにくい、混雑した「バザール(bazar)」のような状態になっていました。
──今どう動いていますか。
マニエ氏: 2024年から、規制機関に認められる形で運用されることを想定した新しいDIUが始まりました。これはまだ初年度で、今後どうなるかは見ていく必要がありますが、少なくとも「整理し直す」動きです。
特徴は、入口がフィルタリングされていることです。医師が、学会参加や研修歴など「これまでの取り組み」を示し、大学に書類を提出する。教授陣が審査して、入学できるかどうかを決めます。一定の経験が求められます。人数を管理する考え方が明確です。
受け入れは年間60人程度に絞る。美容医療へ入ってきたい医師が増えているからこそ、無制限に流入させず、他の専門領域と同様に人数を管理して運用する考え方です。
さらに、大学教育として「科学的で、体系的で、非常にプロフェッショナルで、大学らしく厳格」な内容にすることが目的です。
──フランスの美容医療を行う医師は1万人とされる。
マニエ氏: 数字は混乱しがちですが、私がはっきり言いたいのは、「1万人いる」という言説は誤りだということです。
私の認識では、美容医療を専業で行う医師は約500人。他科診療と併せて美容医療を行う医師を含めても約1500人程度です。私は美容医療だけを行っています。
なぜ「1万人」という数字が出るのか。私は、これは世論向けで政治的に使われている可能性があると見ています。フランスでは一般医が不足している。すると「一般医が足りないのは医師が美容に流れたからだ」と説明すれば、責任を医師側に転嫁できてしまう。しかし本来は養成や制度設計の問題もある。だから私は、そのような単純化には強い違和感があります。

Christine Magnier(クリスティン・マニエ)氏。(写真/編集部)
──違法な無資格注入者の問題が、フランスでは問題になっている。
マニエ氏: はい。美容医療を希望する人たちが「誰が何をしているのか」を判断できなくなっています。医師ではないエステティシャンなどが違法な行為を行う例もあります。
さらにInstagramやFacebookなどSNSで、写真や「ディプロムらしきもの」を掲示して宣伝するのですが、それが正式な資格ではないケースがある。
固定のクリニックではなく、アパートを短期間だけ借りて、1日か2日だけ施術して、すぐいなくなるような形態もある。
人々はSNSを見て行ってしまうが、施術者の素性や訓練が分からず、問題が起きても追跡が難しくなる。
だからこそ、規制機関に認められる形でディプロムが整備され、「この人は美容医療の医師だ」と誰しもが判断しやすくなることは重要です。

Christine Magnier(クリスティン・マニエ)氏のクリニック待合室。(写真/Alice)
──医師グループであるUFEM(フランス美容医療連盟、Union Française de l’Esthétique Médicale)は何を目的にしている?
マニエ氏: ここが大事ですが、UFEMは任意団体ですから、研修制度などとは別のものです。
UFEMは、美容医療を受けたいと考える人たちを助けるための医師の集まりです。目的は、誰しもが信頼できる美容医療を手掛ける医師を見つけられるようにすること。違法の無資格注入者の問題を周知すること。そして情報提供です。
私たちはウェブ上にインタラクティブなマップを用意し、地域ごとにUFEM所属の医師を探せるようにしました。例えば私のところに通っている方が休暇で別の街へ行き、そちらで美容医療を受けたい時、知らない相手にかかってしまうリスクがある。地図で探せれば、少なくとも一つの安心材料になります。
ただし、UFEMに入っていない医師が悪いという意味ではありません。私たちは美容医師全員を知っているわけではないし、人数を急に増やそうとしている団体でもありません。
あくまでUFEMに掲載されている医師については、互いに理解しており、倫理観や継続的な研鑽、同業者としての協調性も含めて信頼できる、という保証をできるという意味合いになります。
──UFEMは誰でも入れる?
マニエ氏: いいえ。参加には2つの流れがあります。私たち運営側が知っていて声をかける場合と、医師本人が自発的に連絡し、既存メンバーの紹介がある場合です。
どちらの場合でも、運営メンバー全員の合意が必要です。私たち運営メンバーは8人ですが、1人でも反対があれば加入は認めません。全会一致です。数を増やすためではなく、信頼と倫理を担保するための、民主的な方法だと考えています。代表の任期も1年で順番に替わります。
──今後、制度はどう変わっていく?
マニエ氏: 将来的に「資格(qualification)が法的に義務化」されれば、人々は資格のある医師を選べるようになり、資格のない者のところへは行きにくくなるはずです。それがディプロム整備の目的です。
ただ、美容医療に関心を持つ人たちは広告やクリニックと外観の似た施設に迷わされやすい。だから私は、制度としての資格整備(DIU)と、可視化(例えば、UFEMの地図のような仕組み)の両方が必要だと考えています。
プロフィール

Christine Magnier(クリスティン・マニエ)氏が施術を行う部屋にて。(写真/Alice)
Christine Magnier(クリスティン・マニエ)氏
パリ第6大学医学部(CHUサン=アントワーヌ)卒業。1997年に一般開業医として診療を開始。2000年頃から美容医療分野に取り組み、フランス国立美容医療カレッジ修了、パリ第13大学・ボルドー大学・モンペリエ大学による形態美容・アンチエイジング医学大学間ディプロマ(DIU MMAA)を取得。現在、パリ近郊シャラントン=ル=ポンで美容医療クリニックを運営。フランス美容医療連盟(UFEM)創設メンバー、会長を歴任。美容医療を専門に行う医師の職業を守ることを目的とした「美容医療適正実践サークル(Cercle des bonnes pratiques de médecine esthétique)」、フランス毛髪移植学会(IROSH)会員。医学博士。
