自分の顔がとても気になるのはなぜか。美容医療とも深く関わるテーマだが、顔の認識の背景にある脳のメカニズムが徐々に明らかになってきている。
2025年10月5日、「第19回見た目のアンチエイジング研究会」で大阪大学教授の中野珠実氏(大学院情報科学研究科マルチメディア工学専攻脳情報インタラクション講座)が、「顔に取り憑かれた脳」と題して講演。脳が顔の見え方に敏感に反応する仕組みや、人の顔がどのように認識されているか、加工された顔写真の見え方とどう関係するのか講演した。
顔は「パーツ」より「配置」で見分けている

講演する大阪大学教授の中野珠実氏。(写真/編集部)
- 顔の識別を支える脳の仕組み → 脳の側頭葉にある「紡錘状回」が中心となり、目・鼻・口の形だけでなく配置の違いを処理して顔を認識している。
- 顔認識の特徴 → パーツよりも配置のズレに敏感。表情や視線などの「動き」の情報は、別の経路で処理され、集団での注意共有や協調を支える。
- 自分の顔への特別な反応 → 鏡像自己認知により自分の顔を客観視できる。外見が良くなったと感じると「ドパミン系」が活性化して快感をもたらし、他者の美しさには「扁桃体」が反応して不快を感じることもある。自分の顔への関心が強いのは、この報酬反応による。
中野氏によると、個人差はあるものの、人は約5000人の顔を覚えていると推定されている。
膨大な識別を支えるのが、脳の側頭葉(頭の側面にある)の「紡錘状回(ぼうすいじょうかい)」を中心としたエリア。ここで目、鼻、口といったパーツの形ばかりではなく、それらの配置が処理され、認識されている。
講演では、実験として、①目や口だけを他人のものに入れ替えた顔(4枚)と、②パーツは同じままで配置だけを微妙にずらした顔(同じく4枚)が示された。
参加者に聞いてみると、②の4枚の方が別人として見える人が多かった。つまり、私たちの顔認識は、パーツそのものよりも配置のズレに敏感であることが、直感的に確認された。
さらに、表情や視線といった動きを伴う情報を処理するときには、動きのない顔の識別とは別の経路が働くことも紹介された。
ほかの動物と異なり、白目が目立つ人の目は、視線の方向を共有しやすく、こうした動きの処理は集団の中で注意の共有や協調を支えている。
中野氏は、このような顔に特化した脳の処理は、自分自身の顔にも向けられていることを説明した。
鏡や写真で自分の顔を客観視できる人間は、人をはじめ一定の動物だけが持ち合わせている能力だ。この能力は、「鏡像自己認知」と呼ばれている。その特徴のおかげで、人は自分自身の外見を整える行動を学び取りやすい。
自己の外見が良くなったと感じると、脳内麻薬とも呼ばれる報酬系の一つ、「ドパミン系」が活性化し快感をもたらす。他方、他者の外見が良く見えても、好き嫌いにつながる「扁桃体」が活性化してむしろ不快な気持ちにつながる場合がある。
無意識に自己関連情報は優先されやすく、自分の顔には報酬系の反応が強まりやすい。だからこそ、自分の顔はとても気になると考えられる。
なぜ顔の加工をやり過ぎてしまうのか

自分の顔がとても気になる秘密は脳に。写真はイメージ。(写真/Adobe Stock)
- 好感度と「不気味の谷」 → 人の見た目に近いほど好感度は上がるが、ほぼ人間に見える段階で一度嫌悪感が高まる「不気味の谷」がある。このとき扁桃体が強く反応する。
- 自然さと加工のバランス → 軽いレタッチは好印象を与えるが、輪郭や目鼻を過度に加工すると不自然さから拒否反応が起こりやすくなる。脳は「見慣れた配置」を好む傾向がある。
- 内向き思考と過剰加工 → 自閉傾向のある人は細部に注目しがちで、他者視点を欠き加工をやりすぎる傾向がある。外への意識(畏怖など)が自意識を弱め、過剰な執着を和らげる鍵となる。
中野氏は、どのような見た目が好感度につながるかという仕組みについても説明した。
人は、人型のロボットが人の見た目に近づくと、徐々に好感度が高まってくる。ところが、ほとんど人間に近い見た目になってくると、逆に好感度が反転する「不気味の谷」がある。このときに扁桃体の活動が高まり、嫌悪感が強まる。そこから完全に人になると再び好感度は高まる。
これは、写真のレタッチにもつながってくる。軽いトーン補正や肌質の微調整は好意的に受け止められる一方、輪郭や目鼻の加工をやり過ぎると不自然さが増し、拒否反応が起きやすくなる。
200人の顔を評価するテストでは、同性条件では「自分に似た顔」をより信頼しやすい傾向も示され、脳は見慣れた配置を好意的にとらえることがうかがわれる。
ただ、自閉症の傾向がある人は、細部に関心が行きやすく、他者からの目線への想像が欠如するために、加工のやりすぎに向かいやすいと紹介。内向き思考が、顔の認識に影響する可能性があると指摘した。
中野氏は、自分自身への執着が弱まるケースとして、畏怖を感じたときであると分かっていると説明。外側に意識を向けることで、執着の気持ちは低下していくと述べた。
意識を自分の外に向けていくことが、過剰な自意識を改善する手になる可能性がある。
この中野氏の講演は、美容医療に通じるところも多くありそうだ。目の開瞼や輪郭形成、人中短縮、鼻尖形成、エラ削り、顎形成などは、いずれも顔の比率と配置を変える手技で、顔の認識に大きく影響することが考えられる。
内向きの思考がすぎると、美容整形のやりすぎに陥り、不気味の谷に踏み込むリスクが出てくることも考えられる。「ほどほど」で止めるためには必要な視点である可能性がある。これは身体醜形症(BDD)とも関連しそうだ。
美容医療のより良い受け方を考えるときには、このような脳のメカニズムについての研究が役立ちそうだ。
