
英国で混乱。画像はイメージ。(写真/Adobe Stock)
英国の美容医療業界で、施術の安全性をめぐる議論が広がっている。
非外科的な注入施術について、業界団体が標準的な手順書を公開したところ、合併症対応を専門とする別の団体が「英国の医療の考え方と合わない」と注意喚起を行った。
医師でなくても注入系の美容施術に関わることができる英国独自の制度が、今回の混乱の背景にあると見られる。
公開された手順書に「懸念」

英国で出された手順書。(出典/JCCP)
- 発端→JCCPが2025年8月に、注入系美容施術の合併症対応を示した標準作業手順書(SOP)を公式サイトで公開。
- 問題提起→合併症対応を専門とするACEは、このSOPについて、英国の救急医療の標準や公的ガイドラインと一致しない点があり、医学的根拠が十分でない部分を含むと公式に懸念を表明。
- 主な懸念点→公的に承認されたガイドラインでないこと、ステロイドやヒアルロニダーゼ、アナフィラキシー対応が英国の標準的な指針に沿っていないこと、さらに本来は眼科専門医が関与すべき目の合併症対応が一般の美容現場で行われかねない点などが問題視された。
今回の議論のきっかけとなったのは、JCCP(Joint Council for Cosmetic Practitioners、英国美容施術者合同協議会)の公式サイトに、2025年8月に掲載された標準作業手順書(Standard Operating Procedure、SOP)だ。
JCCPは、医師だけではなく、看護師や美容施術に関わるさまざまな職種が参加する団体で、幹部も医師に限られていない。
この手順書では、参考にした論文や考え方について「公的な基準に沿っている」と説明した。その上で、血管閉塞やアレルギーなどの注入施術に伴う合併症が疑われた場合に、どのような状況で、誰が、どの順番で、どの薬剤を使って対応するかなどを具体的に示している。緊急時の対応も含まれていた。
※血管閉塞は、血管が詰まること。
ところが、この内容について、美容医療の合併症対応を専門とする団体、ACE Group World(Aesthetic Complications Expert Group World、美容医療合併症専門家国際グループ、以下、ACE)が11月、公式に懸念を表明した。ACEは、JCCPが示した手順書の内容が、英国の救急医療や現場の標準的な考え方と食い違っている点があるほか、医学的な裏付けが十分とはいえない部分が含まれていると指摘している。
特にACEは、手順書の根拠とされている論文が、公的な医療ガイドラインとして承認されたものではない点を問題視している。また、ステロイドやヒアルロニダーゼの使い方や、命に関わることもある重いアレルギーのアナフィラキシーへの対処が、英国の公的なガイドラインに従っていないとも指摘している。さらに、視力に影響する可能性のある目の合併症について、本来は眼科専門医が関与すべき対応が、一般の美容施術の現場で行われかねない点にも懸念を示している。
美容医療の混乱の一端

手順書の問題点を列挙。(出典/ACE)
- 制度的背景→英国では医師でなくても注入系美容施術に関われる歴史的経緯があり、現在はライセンス制度の移行期にあるため、医療側と非医療職の考え方が衝突しやすい状況にある。
- 安全上の懸念→手順書の位置づけや責任範囲が曖昧だと、「誰がどこまで判断してよいのか」が不明確になり、経験の浅い施術者が誤った対応を行うリスクが高まると見られる。
- 日本にとっての意味→日本でも合併症対応の責任範囲や指針の共有は十分とは言えず、英国の混乱は「指針の明確化」と「専門的引き継ぎの線引き」が不可欠であるという点で教訓になる。
今回の混乱の背景には、JCCPという団体を成り立たせている英国独特の制度があると考えられる。ヒフコNEWSでも伝えてきたように、英国では歴史的な経緯から、医師でなくても、さらには医療従事者でなくても注入系の美容施術に関わることができる状況が続いてきた。現在は非医療従事者に対するライセンス制度の整備が進められているが、制度の移行期にあるため、医療側の考え方と、それ以外の職種の立場が衝突しやすい状況にある。
このような環境では、手順書の表現や位置づけがあいまいだと、「どこまで医師以外が判断してよいのか」「どこから専門医に引き継ぐべきか」などが不明になり、安全が脅かされかねない状況になる。例えば、医療的な判断が必要な場面で、経験が十分でない人が「手順書通り」に間違った対応を実行してしまう恐れがある。ACEが問題視したのは、まさにこの辺りの点だろう。
国によって制度は異なるが、日本を含めて、この議論は他人事ではない。日本では原則として医師がほとんどの非外科的施術を行うが、「専門医資格があるかどうか」「経験はどれほどあるか」という点がよく議論になる。いずれにしても、合併症が起きた場合に、誰がどこまで責任を持った対処できるかが重要になる。
英国では「手順書がある=安全」という受け止め方がされずに、かえって誤解につながると見なされ問題となった。日本では逆に合併症対応について明確に共有された指針が少ないという課題がある。
今回の英国の混乱は、美容医療を行う場合に、どのような指針を拠り所にして、合併症が起きたときにどのように対処すべきなのか、といった土台作りが重要であることを改めて示したといえる。これは日本でも共通した課題であるわけだが、独特な制度を持つ英国は、問題が表面化しやすかったということだ。
