2029年までに「脳・免疫・筋肉」の老化を10年押し戻したことを人間で証明できるか──。月面着陸級の難易度を持つ、老化速度を遅らせる方法を競うコンペティション「XPRIZE healthspan」。日本の8チームを含む48チームが中間の25万ドルを受け取り、最終的なフェーズに移る。優勝者には1億ドルが用意されているが、それは実用化への呼び水に過ぎない。巨額の資金調達、規制当局との交渉などの関門を乗り越えて、老化コントロールを産業として確立するところまでが、本当のゴールとなる。日本抗加齢医学会理事長、山田秀和氏にXPRIZEの先にある挑戦を聞いた。(聞き手/ヒフコNEWS編集長 星良孝)

山田秀和(やまだ・ひでかず)氏。近畿大学医学部客員教授。近畿大学アンチエイジングセンターファウンダー。日本抗加齢医学会理事長。(写真/編集部)
山田秀和(やまだ・ひでかず)氏
近畿大学医学部客員教授。近畿大学アンチエイジングセンターファウンダー。日本抗加齢医学会理事長。
- 準決勝までのスケジュール→ 2025年9月がエントリー期限で、2026年5月に10チームへ絞られる判定が予定されている。最終審査は2029年に行われる。
- 証明すべき効果→ 筋肉、免疫、認知機能の3要素すべてにおいて、老化速度を遅らせる効果を示す必要があるが、1つのアプローチで全項目に効果を出すのは困難。
- 勝ち残りの可能性→ 海外含め既存の受賞チームでも、人間で効果を証明できるかは不透明。今後、新規に強力な企業(例:アルトス・ラボ)が参入する可能性もあり、競争は激化する見通し。
──日本のチームの見通しは?
山田氏: 大きな課題は、準決勝の判定までの時間がタイトであることです。25年9月までがエントリーの期限で、2026年5月に次の判定が予定されています。ここで、10チームが残るはずです。最終判定は2029年で残り4年間です。それまでに効果を証明する必要があります。
XPRIZE healthspanでは、筋肉、免疫、認知機能に基づいて、老化速度を遅らせることを証明する必要がありますが、1つのアプローチで筋肉、免疫、認知のすべてに有効性を示すのは容易ではありません。
──どう立ち向かうのか。
山田氏: 日本は、世界で唯一、日本抗加齢医学会による抗加齢医学専門医を運営しています。再生医療等安全性確保法(安確法)という法律がありますし、再生医療に関連する領域でやるのであれば、日本でできるのではないかと私の立場からは考えています。
つまり、この時間内だと主な戦略は再生医療に相当する方法になるでしょう。化学化合物でやるのは難しいかもしれません。
遺伝子導入を利用するなど、リプログラミングを行う。エクソソームやメッセンジャーRNAを利用することも考えられる。メッセンジャーRNAはコロナワクチンで実用化された技術ですから、安全性の試験は既にやっているととらえることはできます。
もっとも遺伝子を用いた方法は実現が難しいと見られています。何を使って遺伝子を細胞内に導入するかという話になります。
遅くとも、今年の秋までに国の機関との交渉を開始している必要があります。時間がありません。
──勝ち抜くことはできる?
山田氏: マイルストーン1の受賞者として、40チームおよび8チームが選ばれましたが、海外のチームも含めて、人間の臨床試験で効果を上げられるかは未知数です。
今後、これら以外でも、新たにエントリーすることはできます。例えば、国際的に著名なアルトス・ラボのような有力企業は、まだ本コンペに参入していません。こうしたチームが参入してくれば、実用化は近づく可能性があります。

XPRIZE Healthspan。(出展/XPRIZEウェブサイト)
- XPRIZEの規模→ 老化速度以外にも、CO₂削減や月面探査など、グローバルに大規模課題を扱っており、財団からは年間1000億円規模の資金提供が行われている。
- 本気の体制が必要→ 月探査と同様に、ただの研究やアイデアではなく、「実用化」をゴールに設定し、制度対応やビジネス化を含む広範な体制が求められる。
- 全体が審査対象→ 単に施術の有効性だけではなく、コンセプト構築から臨床試験、法規制対応、倫理審査まで一連の流れそのものが審査対象となる。
──道は険しい。
山田氏: XPRIZE healthspanには資金を拠出するファンドも来ていました。資金提供者が存在する点は重要です。
XPRIZEでは、賞金総額は1億ドル(約150億円)とされていますが、それでは全く足りない世界です。
XPRIZEは、老化速度の話だけではなく、二酸化炭素削減や月に探査船を走らせるというプロジェクトもあります。アラブのヘボリューション財団は毎年1000億円近く拠出しています。
先日は二酸化炭素除去を目指すXPRIZE CarbonRemovalで、優勝企業であるMati Carbonが5000万ドル(約75億円)を獲得し、ニューヨークの株式取引所で祝福されていました。その先には、関連する産業を産み出し、1兆円単位の資金を動かす流れがあります。そこまでを視野に入れた取り組みなのです。
──スケールが大きい。
山田氏: 彼らの発想は、日本から見えていたのとは根本的に異なります。私自身、ニューヨークの授賞式に参加してようやく理解できました。日本で厚生労働省の対応に追われているようでは到底太刀打ちできません。
最近、日本で月探査のiSPACEという会社が、月面での探査車を試みています。これも元々、XPRIZE財団が開催した月面探査競技「Google Lunar XPRIZE」に参加していたチームの一つでした。当初、日本は、探査車を作るということをやっていたが、XPRIZEで求められたのは、地球からロケットを飛ばし、月軌道に乗せ、月面着陸させて、探査車を走らせるとプロセスのすべてをカバーするという話でした。

XPRIZE財団による月面探査競技に参加していたiSpace。(写真/Adobe Stock)
──単なる競技にとどまらず、実用化して産業の確立に持ち込まないといけない。
山田氏: 日本でも、基礎研究者や臨床の医師ばかりではなく、行政官もチームに巻き込まないといけないのです。研究開発を行い、コンセプトを作り上げて、人間の臨床試験で効果を実証する。その過程では、倫理委員会を通して、PMDAの承認を得る必要がある。日本がそれらを実現するには単独のチームでは限界があると考えられますから、複数のチームが組む必要があるでしょう。既に、日本で安全性を確かめる第1相試験の実施実績のある機関と連携することも選択肢となります。PMDAの審査体制に精通した専門性のある人材との連携が不可欠です。米国のチームと組むこともあり得ます。
そうしたすべての手続きが審査対象となっており、それ自体が競争の一部なのです。これは極めて大規模な挑戦であり、本気で月面開発の実現を目指そうとしている月面探査プロジェクトと同様のスケールの話なのです。(終わり)
プロフィール
山田秀和(やまだ・ひでかず)氏
近畿大学医学部客員教授
近畿大学アンチエイジングセンターファウンダー
日本抗加齢医学会理事長
1981年近畿大学医学部卒業。1981年オーストリア政府給費生(ウィーン大学皮膚科、米国ベセスダNIH免疫学)。1989年近畿大学医学部皮膚科講師。1996年近畿大学在外研究員(ウィーン大学)。1999年近畿大学奈良病院皮膚科助教授。2005年近畿大学奈良病院皮膚科教授。2007年近畿大学アンチエイジングセンター創設者(併任)。2022年近畿大学客員教授。日本抗加齢医学会理事長。日本におけるアンチエイジング医学の黎明期から第一線で活躍し、近年はエピジェネティック・クロックやAI解析を活用した老化制御研究を推進している。大阪大学大学院医学系研究科招聘教授/大阪公立大学皮膚科客員教授。
