この4月10日~12日にかけて、神戸市で開催された日本形成外科学会を取材し、形成外科医からの美容医療への関心の高さをあらためて肌身に感じることができた。
「タイパ」「コスパ」を重視して、早めに美容医療
- 人気の講演→形成外科で美容医療をどのように取り入れるかの講演が注目され、立ち見が出るほどだった。
- 医師の専門研修→日本では、医師は基本的な初期研修後、専門研修を3年間受けるが、専門研修を経ずに美容医療に進む動きがある。
- 美容医療への動機→若い医師が専門資格を得る前に美容医療に進む理由は、美容医療の方が早く学び始める利点があるという技術的な見方と、高い給与水準など経済的な理由によるものなどがある。
- 「タイパ」「コスパ」の重視→美容医療を希望する医師は時間とコストのパフォーマンスを重視し、早期に美容医療へと進む傾向が考えられる。
ヒフコNEWSで伝えているように、形成外科の中で美容医療をどのように取り入れていけばよいかという講演は、立ち見が出るほど人気だった。
そもそも日本では、医学部を卒業した後、医師免許を取得した医師は、2年間、診療に当たるために必要な基本的な知識や技能を学ぶための初期研修を受ける必要がある。その後、専門的な資格を得るために、基本的に3年間の専門研修を受ける。最近、初期研修を終えた後、専門研修を経ることなく直接美容医療に入っていく医師も多くなっている。
学会の講演でも紹介されていたが、日本の中で、形成外科の医局(大学の専門部門で、この中で専門研修を受けることになる)に入ってくる医師が200人余りであるのに対して、大手美容医療のチェーンに1年間で入ってくる医師が1つのチェーンだけで100人を超えるほどで、全国で育成される医師数としては、形成外科医よりも美容医療の医師の方が多くなっている可能性が指摘されていた。
それでは、形成外科や皮膚科などが美容医療の基礎となる専門資格になるが、なぜ若い医師たちはこうした専門を経ることなく美容医療に直接入っていくのだろうか。学会の議論を参考にすると、その理由はいくつか見えた。
一つとしては、「医療の技術として、形成外科や皮膚科と、美容医療はそもそも異なるため、美容医療を早いうちに学んだ方が良い」という見方がある。日本では医師の働き方改革が2024年4月に本格化したが、もともと専門研修を含めた研修期間は、過酷な労働条件であることが問題になってきた。専門研修を受けながら、美容医療を学ぶ手はあるが、それは休日返上など自己犠牲を強いられることになる。そうであれば、美容医療に集中した方が得策という考え方になることもあり得る。
経済的な理由もある。保険診療として行われる病気の診断や治療を行う形成外科と比べると、自由診療の美容医療は給与水準が高いというのはよく知られている。専門研修を受けると、学ぶ立場が続くため、給与を簡単に増やせるわけではない。そうであれば、早めに美容医療に行こうということになりやすい。
学会で何度も出てきていたが、形成外科にとって美容医療に対する拒否反応も影響している。講演でも聞かれたが、かつては「形成外科の医局では美容医療にいくなら医局を去るように求められた」「形成外科の医局では美容医療の名前を出すのもはばかれれた」と言われるように、形成外科は病気の診療に携わることを重視し、美容医療を半ば異端視していた向きがある。結果、美容医療を希望する医師を遠ざけている側面がある。
これらの点などがあって、美容医療を希望する医師らは、最近の言葉で言うならば、「タイパ(タイムパフォーマンス)」「コスパ(コストパフォーマンス)」を重視し、早めから美容医療という流れになっていると予想される。
トラブルの修正が難しい
- 施術の技術制限→形成外科や皮膚科の専門研修を経ていない美容医療医師は、施術範囲が狭く、複雑な施術を避けざるを得ないこともある。
- トラブル対処の難しさ→合併症などのトラブル発生時、専門資格がないと緊急対応の能力が限られ、治療が困難になることがある。
- 美容医療の競争激化→美容医療市場の競争が激しくなっており、専門資格が差別化の一環として重要視される可能性。規制強化の流れも関係。
- 形成外科医の採用増→大手の美容医療クリニックが形成外科医を積極的に採用する動きもある。
一方で、これも学会の議論を参考にすると、そのように形成外科や皮膚科を経ずに美容医療に進んだ場合に問題になるのは、施術の技術の制限ができることとと、トラブルへの対処が難しくなることだ。
美容医療の施術自体が、形成外科などを経験していない場合には、できる施術の範囲が狭くなってしまうことになる。学会でも話に出ていたが、専門資格を取っていない場合には、体の構造についての知識、手術の経験などが限られることから、医師自身は複雑な施術を手掛けるのを避けざるを得なくなる。
同じような理由からトラブルへの対処も難しいケースが起こり得る。例えば、フィラー治療のような注射で対応できる治療であっても、いったん合併症を起こした場合、重症になるケースはある。そのような場合、形成外科の専門資格を取得し、手術経験を重ねていれば、血管や神経などの位置や状態を把握した上で、手術も含めた対応を取れる。一方で、専門資格がないと、そのような緊急時の対応能力は限度がある。
学会の議論からは、美容医療の盛り上がりに、形成外科の医師が大きな課題を感じているという状況が見て取れたものの、施術やトラブルへの対応力を考えると、これからはむしろ美容医療の医師は専門資格を取る流れが強まる可能性もあるように見える。現在、美容医療に参入する医師が増えて、美容クリニックも増加の一途をたどっている。2023年は脱毛関連のクリニックが倒産して問題になっていたが、24年に入って美容クリニックの経営破たんも話題になった。美容医療の競争は着実に激しくなっており、美容医療は差別化が求められる時代になっている。専門資格は差別化のためには重宝されるだろう。規制強化の流れの中で、専門資格が重要視される可能性もある。今回の学会で、実は強く心に残ったのは、大手の美容医療クリニックが積極的に形成外科医を採用しているという声だった。そのような動きは強まってくる可能性はある。
いずれにしても、学会での注目度の高さを見ると、美容医療と、形成外科や皮膚科などの専門資格との関係については、当面、活発に議論されることは確かだろう。