熊本医療センター形成外科部長の大島秀男氏らが、2024年7月に発表した論文で、スレッドリフト施術後に血管が傷つけられて「仮性動脈瘤」と呼ばれる合併症を起こしたケースを治療した経験について報告した。スレッドリフトは一般的に安全とされているが、それでも合併症を引き起こす可能性がある。美容医療のトラブルの状況やその対応なども含めて、大島氏に話を聞いた。
大島秀男氏
熊本医療センター形成外科部長
──美容医療のトラブルを経験することが増えているようだ。
大島氏: 私たち総合病院で美容医療に対応した場合、ほとんどが美容医療に伴う、いわゆるトラブルケースになります。美容医療の実態のごく一部を見ているにとどまると思いますが、例えば乳房インプラントや、隆鼻術に使うシリコンインプラントなど、異物などを使用した施術で発生する感染症のようなケースが一番多いと感じています。
──異物が問題になる。
大島氏: 実際、熊本市内、あるいは県内だけではなく、遠方で施術を受けた方や、多いときには外国で手術された方もいらっしゃいます。
最近では、そういった合併症はだんだん減ってきましたが、歴史的にはシリコンの液状注入が「異物性肉芽腫」を形成して変形につながり、「アジュバント」としても警鐘を鳴らされてきました。シリコンバッグを挿入した場合、シリコンバッグが破裂するケースもあるほか、何らかの形で感染症が起きて瘻孔(ろうこう)になることもあります。
※異物肉芽腫は、異物に体が強く反応してしこりを作る状態。一方で、アジュバントは、免疫反応を強めるために用いられる物質を指す。シリコンのような異物が体内で強い免疫反応を引き起こし、腫れや痛みを伴う病気を誘発することを示している。これはヒトアジュバント病として問題となった。瘻孔は、感染症などで皮膚や組織に異常な穴ができて、体内と外部などの間がつながる状態を言う。
また、先ほどお話しした鼻に使うシリコンプロテーゼというものでも、時に感染で露出する、つまり体外にプロテーゼが出てきて目に見えるようになることも多いです。交通事故で露出したケースもあります。それは特殊な事例かもしれませんが、そのような患者に対応したこともありました。
──最近ではHIFU(高強度焦点式超音波治療、ハイフ)による事故が問題になっている。
大島氏: 私たちの病院での経験として多くはありませんが、ハイフによる皮膚のヤケド症例に対応したことがあります。おそらく高エネルギーデバイスによる過熱が原因で、皮膚組織の変性やかさぶた、表面的なヤケドを伴う事例に対応しました。外科的治療になってしまいますと、逆に傷を作ることにもなり、かえってマイナスになると判断されたケースでした。重症の症例ではありませんでした。
──国の検討会で経験の浅い医師が美容医療で増えていることが問題視されている。
大島氏: 比較的経験の浅い医師が治療を行い、合併症が発生するケースが少なからずあるように感じます。もちろん全体像や割合は把握できていませんが、そういった印象があります。そういったクリニックで施術を受けた患者が来院している印象です。おそらく、ベテランの医師がいるクリニックほど、院内で合併症を解決できることが多いと思います。
ただし、私たち合併症を見る立場からすると、施術の内容や手技に問題があって合併症が生じたかどうかは、直接的には分かりません。
──さまざまな問題が報告されている。
大島氏: アクアフィリングは、豊胸などに使う人工ジェルで、シリコンゲルの代用品として使用が広がっていましたが、注意喚起されるようになりました。そうした患者の合併症も比較的多いようです。形成外科学会の中でも、他の施設から合併症が報告されています。
こうした事例が起こり得ることや、そもそも何が起きているのかを理解することで、より安全な治療が可能になります。保険が適用されない自由診療においては、まだ多くの課題が残っていると感じます。医療機関同士の情報交換が十分に進んでいない現状があるのです。
──今年、糸リフトでの合併症を論文報告した。
大島氏: 今回、スレッドリフトに関する報告を行いました。珍しいケースであるため報告しましたが、一般的に、スレッドリフトは比較的安全性の高い技術とされています。今回、私たちは初めてこの合併症を経験し、調査した範囲でも報告例は少なかったため、こうした合併症が起こり得ることを踏まえ、今回の報告に至りました。
──仮性動脈瘤が作られた。
大島氏: 今回の症例は、42歳の女性がスレッドリフトを受けた際、スレッドを挿入した両側のこめかみに不自然な膨らみが生じました。検査の結果、それが仮性動脈瘤、血のたまった状態にあることが分かりました。これは、左浅側頭動脈という顔の表面近くを走る血管が傷つき、血液が血管外に漏れ出して周囲の組織にたまり、それが最終的には偽膜(ぎまく)と呼ばれる線維質の膜で覆われた状態になっていました。
──仮性動脈瘤を切除して治すことができた。
大島氏: はい、仮性動脈瘤を外科的に切除して治療することができました。スレッドリフトの術中に既に左側頭部にふくらみが生じており、出血が起こっていた可能性があります。その後、物を噛む動作などで血腫が破れ、偽膜で覆われた仮性動脈瘤が形成されたと考えられます。
やはり、スレッドを使用する際は、触診、超音波検査、ドプラ検査といった検査により動脈の走行を確認することで、合併症のリスクを減らすことができます。また、髪の毛のない部分から挿入することもリスク低減につながります。仮性動脈瘤のほかにも、唾液腺の損傷や動静脈瘻、感染症などの重大な合併症も起こり得るため、十分な注意が必要です。
※動静脈瘻は、動脈と静脈の間に異常な通路ができて直接つながってしまう状態。通常は毛細血管を介してつながるが、ショートカットされる。
──美容医療の修復では費用負担の問題がある。
大島氏: 医療機関では、トラブルが発生すると費用の問題が生じます。自由診療で発生したトラブルの修復は、原則として患者の全額自己負担になりますが、医療機関側としても、状況によっては、すべてを患者負担にするのが難しいと判断されることもあります。
──どちらが負担することに?
大島氏: 両方のケースがあります。因果関係が明確で、美容目的の自由診療の延長であると判断される場合、基本的には自由診療になります。例えば重症の感染症になった場合、通常保険診療での入院治療が必要になりますが、自由診療として治療することになります。
因果関係が明確でない場合には、病院の医事課を通じて九州厚生局に問い合わせ、保険適用の可否を判断しています。適切に対応しないと後に問題が生じることがあります。
──ケースバイケースで対応している?
大島氏: 対応は個別で、病院ごとに決めているようです。自由診療は基本的に患者の自己負担とされており、これは医学会でも言われていることです。個別の事案で保険病名が付く場合、九州厚生局の判断を仰ぐようにしています。
医療機関同士で情報交換をしながら、費用負担の問題にも対応しています。国の関与があれば、対応がやりやすくなることもあります。どうしても保険適用に関する判断の分かれるグレーな部分があり、その対応が課題になっています。
──形成外科の専門医資格を取った医師が美容医療に関わるべきだという考え方がある。
大島氏: 日本形成外科学会では、美容外科をサブスペシャリティ領域の一つとして位置づけています。形成外科の専門医資格を取得し、美容外科の研修を経て美容外科に転身することが望ましいと、形成外科学会は奨励しています。形成外科医が中心になり発足した日本美容外科学会(JSAPS)が活動をしています。歴史的には、何十年も前に開業医の先生方が立ち上げた美容外科の会があります。その先生方も現在も活動を続けています。日本美容外科学会(JSAS)という名称です。背景の異なる2つの学会は、時々摩擦があるようですが、基本的には扱う分野は同じです。
ただ、技術や知識の裏付けを強化するために、形成外科学会では専門医制度を重視しています。技術の互換性という点で、顔面手術をはじめとした形成外科で培われた技術、形成外科の基本手技は役立ちます。一方で、最初から美容外科のみを専門とする先生方もいます。そうした先生方は、各クリニックでの日常業務は問題なくこなせると思いますが、トラブルシューティングなどの対応はやや難しいと感じます。形成外科でしっかり技術を身につけた上で美容医療に携わる方が、医療の質を高める点でも良いと思います。