「細川亙 現代美容医療を殿が斬る」では、日本形成外科学会理事長をはじめ、多くの要職を歴任し、米国形成外科学会名誉会員でもある細川亙氏が、現代美容医療が抱える様々な問題に鋭い視点で問題提起する。「殿」というのは、細川氏が細川ガラシャの子孫であるから。その源流をたどれば明智光秀にまでさかのぼる。そんな歴史的背景を持つ細川氏が現代に舞台を移して美容医療の分野で一刀を振るう。激動の美容医療の世界をどう治めるのか。
第3回のテーマは「献体のSNS投稿」
献体の写真を軽率にSNS投稿した行為により、日本の美容外科医が強い非難を受けた。細川氏は、今回問題となった献体を用いた外科医のトレーニング、CST(Cadaver Surgical Training)の日本への導入の動きを踏まえた上で、そこから新たな知識をどれほど得られるかという点からは限界もあると説明。その上で、CSTの参加自体が目的化していた可能性を指摘する。
献体のSNS投稿に関する議論
美容外科医の黒田あいみ氏がグアムで行われたCadaver Surgical Training(以下CST)について写真付きでブログなどに公開したことについて、批判を受けている。一般社会においても大きな話題性があるテーマなようで、美容外科医の高須克弥氏や解剖学者の養老孟司氏などにとどまらず、堀江貴文氏など医療分野にとどまらない著名人が続々と批判的なコメントを発信している。死者に対する日本人の感性からは受け入れられない行動だと思い至らなかった黒田氏のボーンヘッド(Bone Head)であることは間違いない。
自分を裏切った義弟浅井長政を滅ぼした後、織田信長が長政の頭蓋冠を盃に用いて祝酒を飲んだというような話は、信長の非人間性・非倫理性・残虐性を強調するために後の世に創作され流布されたと言われている。死者に対して敬意を払えない人を否定するという日本人の感情は、歴史的にも世論操作に活用された。
「解剖」と「CST」
さて、私はこの炎上事件そのものにコメントするのではなく、CSTについての見解を述べようと思う。医学・医療における解剖は、司法解剖、病理解剖など、死因の究明のために行われ、その場合は問題となる当事者そのものが解剖される。一方、医学教育においては、健康な遺体を医学生に解剖させることによって健常人に関する解剖学上の知識を医学生に身に着けさせようとする。そこで献体制度が作られているのであるが、学生教育目的ではなく、外科医のトレーニング(ST)を目的として用いることが普及してきたのはここ10年ほどのことである。
そして私が日本形成外科学会理事長を務めていたころ、同学会もCSTに積極的に取り組み普及を図るべしとして、推進のための委員会が作られた。その後、同学会が関与した形でのCSTが全国いくつかの大学で実施された。2023年には、日本美容外科学会(JSAPS)との共催の下に、神戸大学美容外科がCSTを開催した。
CSTは形成外科医や美容外科医にとって大変有益な教育実習のように思われている。しかし、現実に参加できる人数がごく少数であること、生体の手術や図譜などから得られる情報を超えた情報を遺体から得られることは殆どないこと、1回のライブサージャリーの見学で得られる知識と1体のCSTの見学で得られる知識に大きな差があるものではないこと、などを考慮すれば、CSTによる外科医教育というものに過大な期待をかけることはできない。
黒田氏はそれがわかっているからこそ、CSTによって自分がステップアップしたという具体的な成果ではなく、CSTに参加していることそのものをアピールしようとしたのではないのだろうか? 「グアムでのCSTで貴女が新たに身につけた医学・医療的な知識は何ですか?」と私は黒田氏に問うてみたいのである。
※ライブサージャリーは、実際に医師が手術をしているのをリアルタイムで観察できるようにした形式の手術のこと。教育目的や研修、専門家同士の知識の共有のために行われている。