多くの人が、「ウエルビーイング(well-being)」と呼ばれる考え方については聞いたことがあるかもしれないが、これを少し進めて「フラーリッシング(flourishing)」と呼ばれる考え方についても聞く機会が増えるかもしれない。
最近では、「健康長寿」を指す言葉として「ロンジェビティ(longevity)」が定着しつつある。これは年を取ることに伴う衰えを補い、あるいは巻き戻そうとする発想だ。これはもはや特殊な考えではなくなった。これはエピジェネティック・クロックの利用のような形で、美容医療の分野でも注目されている。
それに対して、フラーリッシングは直訳すると「繁栄」だが、最近言われているのは、「病気がない」状態を超え、心身を単純に健康に保って長生きするばかりではなく、経済的、社会的にも「プラス」の状態になるように進化させること。このワードも、ウエルビーイングやロンジェビティと共に美容医療の分野で存在感を持ってくるのかもしれない。
老化を病気とみなす視点が美容医療を後押し

第25回日本抗加齢医学会総会。(写真/編集部)
- 老化=治療対象へ→老化が病気とみなされることで若返りの関心が一層高まる。
- フラーリッシングの本質→単なる長寿ではなく幸福や生きがいのある人生が求められる。
- 美容医療の役割→外見の若返りがフラーリッシングに貢献する技術として注目される。
2025年6月、第25回日本抗加齢医学会総会で、理事長である山田秀和氏が理事長提言「2025年総会理事長提言ー抗加齢医学およびLongevity Scienceの進展と展望」の講演を行った。
その講演の中で言及していたのが「フラーリッシング」だ。これはロンジェビティの研究が進行した先に次の課題となる可能性がある。後述するが、フラーリッシングは美容医療とも深く関係すると考える。
これまで複数回にわたってヒフコNEWSでインタビューを届けているが、山田氏は継続的に「生物学的年齢」や「エピジェネティック・クロック」に注目してきた。こうした生物学的年齢やエピジェネティック・クロックで得られる指標は、健康寿命を延ばすロンジェビティの基盤となる科学技術だ。
念のためにそれぞれの内容を書くと、生物学的年齢は、生まれた年から数える暦年齢ではなく、むしろ身体的な年齢を指すもので、エピジェネティック・クロックは、DNAのメチル化パターンを利用することで、生物学的年齢の推測を可能とする技術だ。
これらの鍵は生物学的年齢の測定そのものではなく、得られた指標を手がかりに何らかの治療などを行い、生物学的年齢を実際に引き下げる点にある。つまりアンチエイジング、あるいは若返りを実現するための手段が重要になる。それは食事の改善や運動などによって実現しても良いし、薬によって実現してもよいと考えられる。
講演で山田氏が紹介していたが、実際、老化をターゲットにした研究が世界的に進んでいる。メトホルミンやラパマイシンといった具体的な薬が試験され始めているほか、血液の成分を他者との間で交換することで若返りを実現するという血漿交換の効果が注目されている。ヒフコNEWSの山田氏へのインタビューで紹介した「XPRIZE Healthspan」も老化を遅らせることに関連した動きだ。これは国際的な研究開発のコンペで、老化速度を10年遅くすることが可能かどうかが競われている。このほかにも老化を防ぐことを研究しているAltos LabsやCalico Labsなどの企業も誕生している。
「老化は治療できるもの」となれば、若返りの関心は一層高まる。
前述したように、若返りが実現した先に課題になるのがフラーリッシングだ。フラーリッシングは、ウエルビーイングと同様に人の幸福に関わる考え方だが、経済的、社会的にも活躍し続けることを重要視している。山田氏は「生きがい」「豊かに生きることへ進化すること」が重要と表現していたが、これが分かりやすいだろう。要するに、若返り技術によって単純に長生きを実現したとしても、生きがいが得られなければ長寿の意味も薄れてしまう。生きがいのある幸福を実現することが欠かせないということだ。
そのような考え方の下で、外見の問題をどう解決するかも注目されると予想する。美容医療は、外見の衰えを元に戻すものであり、フラーリッシングの考え方にぴったりと沿う技術だと考える。今後、老化が病気と見なされれば、老化克服が自然になり、フラーリッシングの視点から美容医療は重要なパーツになり得る。
肥満症が示した常識の転換

山田秀和(やまだ・ひでかず)氏。近畿大学医学部客員教授。近畿大学アンチエイジングセンターファウンダー。日本抗加齢医学会理事長。(写真/編集部)
- 老化は病という視点→老化は病気の根源であり、治療対象とする考え方が進行中。
- 肥満の歴史的変化→かつて肥満も病気とは見なされていなかったが、2000年以降に治療対象として認知が進んだ。
- 美容医療の役割強化→老化=病という認識の普及により、美容医療はさらに重要な存在になる。
- 未来の美容医療→「老化の予防と若返り」なくして美容医療は語れない時代が到来する可能性。
山田氏は「老化は病」とも述べてきた。年を取ることは多くの病気の根元にあり、老化自体が病気ではないかという考え方。これは公的にはまだ認められていないが、老化を遅らせる研究が確かに進む中で、老化は治療対象となり、つまり病気だという考え方も固まりつつある。
もっとも「老化は病」というと、今の時点では疑わしく見られるかもしれない。しかし、常識は変わり得る。
視点を変えて、「肥満は病」という考え方から考えると、2000年前後に、肥満を対象にした薬が次々と登場したときには、肥満が病気だという考えは今ほど一般的ではなかった。2000年に日本肥満学会から「新しい肥満の判定と肥満症の診断基準」というガイドラインが発表され、世界に先駆けて肥満症という考え方が誕生した。日本は世界的に見ても早かったのだが、海外では2025年になってようやく「臨床肥満(clinical obesity)」という考え方が提唱された。これは日本の肥満症とかなり近い考え方だ。
これは推測だが、海外では、人口中の肥満者の人数の多さや保険制度の理由から、肥満を病気と見なすことが難しかった可能性がある。まず、海外では日本と比べてBMIが高い人が多く、治療対象になれば、かかる医療費も日本よりも多くなる。さらに、海外では、保険会社は、保険を支払う対象を厳しく評価する傾向があり、多数の肥満者に治療費を支払うのには抵抗があった可能性もある。しかし、研究が進んだことで、肥満症が多くの疾患のリスクであると明確になり、肥満(肥満症)は病気であり、治療対象という見方がほぼ定着した。肥満症の有効な治療薬であるGLP-1受容体作動薬などが登場したことは大きいだろう。肥満を治療することで、他の病気も防ぐことが可能となると確認され、医療費全体が結果的に減ることが分かったことで、肥満を病気と認定しやすくなった可能性がある。
肥満の世界で起きたことは、老化の世界でも起こる可能性はある。
老化も多くの病気の大元にあることは理解されており、今後、それを治療することで、他の病気も減らせると認められれば、治療対象として受け入れられるのではないだろうか。これは肥満の時と近い考え方だ。
老化が病の世界では、フラーリッシングの視点からなおさら美容医療は存在感を増す可能性がある。「老化の予防と若返り」を抜きに美容医療を語ることは難しくなる時代が来るといっても大袈裟ではないかもしれない。
