美容医療では、医師が解剖学的な基礎を十分に理解することが重要となる。特に顔面には、皮膚、筋肉、靱帯、血管、神経などが複雑に関連し合う構造になっている。美容医療を実践するためには、それらの知識を踏まえなければ、リスクや安全上の問題を引き起こす可能性がある。2024年11月に都内で開催された第42回日本頭蓋顎顔面外科学会学術集会の会長を務めた千葉大学形成外科教授の三川信之氏に、顔面の美容医療において欠かせない解剖学の知識と形成外科の経験の重要性について話を聞いた。
三川信之(みつかわ・のぶゆき)氏
千葉大学大学院医学研究院形成外科学教授
- 解剖学の重要性→ 顔面の複雑な構造を理解せずに美容医療を行うのは危険。
- 直美の課題→ 限られた知識と技術で画一的な治療しか提供できず、トラブル対応力が不足。
- 形成外科の経験→ 異常を正常に戻す難しさが、美容医療における高い技術力につながる。
──誰が美容医療を担うかの関心が高い。
三川氏: 私は解剖学的な知識を持たずに美容医療に携わることは、非常に危険であると考えています。
美容医療に携わる上で、解剖学の深い理解が欠かせないのです。特に顔面は、皮膚、筋肉、線維質、血管、神経、靭帯、脂肪、膜様組織、腺などが複雑に絡み合った構造を持っています。一部の人たちはYouTubeなどで表面的な技術を学び、小手先の技術だけで美容医療に取り組む傾向があります。ことわざの「門前の小僧習わぬ経を読む」のように、普段見聞きしているうちにできるようになることもあります。しかしこのような学習法は、基礎を理解せずに技術をまねただけといえます。私はそのような状態の医師が美容医療に携わることは避けるべきだと思います。
──24年はいわゆる「直美」が問題になった。
三川氏: 直美の医師の場合、美容医療の知識や技術が、その施設で学んだ限られた範囲にとどまることが多いため、画一的な治療や手術方法しか提供できず、多様な患者さんのニーズに応えることが難しいと考えます。応用力や柔軟性に欠けるため、トラブルが起こった際の対処にも、適切なサルベージができません。
──そうした意味から形成外科専門医が注目されている。その理由は?
三川氏: 形成外科での基礎的な修練や異常を正常に戻す経験が、美容医療においても非常に役立ちます。形成外科で培った多様な技術や知識を持つことで、その医師の引き出しが増え、患者一人ひとりに合わせた最適な治療を提供することができるようになります。形成外科の専門的な訓練を受けた医師が美容医療に携わることで、より高度で安全な医療を提供できると考えます。
千葉大学形成外科では、若い医師たちに解剖学を含めた基礎的な教育を重視しています。技術だけを学ぶのではなく、解剖学からすべての基礎を理解し、その上で美容医療に進んでもらいたいと考えているからです。
顔面の解剖学的構造を理解せずに手術を行うことは、患者さんに重大なリスクをもたらすため、まずは解剖学をしっかりと学び、その上で顔面の美容医療に取り組むことが不可欠です。
──美容医療にとって顔の手術はとりわけ重要。
三川氏: 私が強調したいのは、形成外科を学び、異常を正常に戻す経験を積んでから美容医療に進むことの重要性です。正常かつ美しく再建するためには、高度な解剖学的知識と技術が求められます。異常な組織を正常に戻すことは、正常な組織をより美しくするよりもはるかに難しいと思います。
- 異常の手術経験の重要性→ 軟部組織や骨の再建技術が美容外科でも役立つ。
- 患者の変化→ 美容治療により、自己肯定感や社会生活が改善。
- ミッション→ 最後まで患者を支え、美容的側面も含めて治療を行う。
──病気など異常に対する手術の経験が生かされる。
三川氏: 異常な軟部組織や変形した骨を正常な形態に再建する過程で培われる技術は、美容外科においても大いに役立ちます。自分の専門とする先天異常の子どもたちの治療では、幼少期には機能的な問題の解決が主な目的ですが、成長するにつれて美容的な要素が重要になってきます。例えば、左右の非対称を改善させたり、鼻を高くしたり、二重まぶたにしたりといった手術です。
唇顎口蓋裂(しんがくこうがいれつ)の患者さんは、外鼻の変形を伴うことが多く、鼻や唇の形成を必要とします。これらの患者さんは成長後、機能的な問題がない場合も多いですが、見た目の改善が必要となり、保険診療の中で美容的な手術が行われます。
ジュリア・ロバーツ主演の「ワンダー君は太陽」という映画で描かれたトリーチャーコリンズ症候群という先天的な病気があります。この病気は特異的な顔貌で生まれますが、一部の治療は美容的な手術になります。私は日本でもトリーチャーコリンズ症候群の患者さんを多く見てきた医師の一人だと思いますが、彼らの顔貌を改善することで大変喜んでもらえます。
さらに、私の専門分野の一つに、顔面の骨延長術があり、主な研究テーマとなっています。
生まれつき顔に異常があり、顔面骨が小さい、つまり顎が小さい子どもたちがいます。顎が小さいと気道が狭くなり、呼吸が困難になることがあります。実際、呼吸が厳しくなり、気管切開が必要になるケースもあります。
私は、顎骨の骨延長手術を通じて、呼吸が困難な患者さんや気管切開を余儀なくされた子どもたちの治療を行ってきました。子どもの呼吸が悪いと眠気に襲われ、精神的な発達や学業にも影響が出ることがあります。そのため、そうした問題を改善する目的で手術を行ってきました。また、かみ合わせの問題についても、矯正歯科学的な観点から取り組んでいます。
──先天異常の手術で得られる技術が美容医療にもつながる。
三川氏: 生まれつきの顔面形態異常の患者さんを機能的のみならず整容的にも治療した際に、彼らから「先生のおかげで人生が変わりました」と言われる瞬間があります。
劣等感を抱えていた顔で、人前に堂々と出られるようになったというのは、患者さんにとって非常に大きな変化になります。顔の形が正常ではないことは、必ずしも生活に支障を来すような機能的な問題ではないこともあります。例えば眼が下がっていたり、顔が小さかったりといった特徴的な顔貌です。しかし、美容外科的な治療を通じて、正常な美しさに近づくことで、患者さんの自己肯定感や社会生活が大きく改善されるのです。
治療を通じて、患者さんの人生が変わったと感じてもらえることは、医師としての一番のやりがいで、形成外科医冥利に尽きます。彼らが自信を持って社会生活を送れるようになる姿を見ると、この仕事をしていて本当に良かったと思います。
私はそういった患者さんたちの治療を最後まで担当し、美容的な側面も含めてサポートしていく。それが自分の役目、ミッションだと感じています。(終わり)