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【2025年美しさとは】江戸のメディアが生んだ美しさ、歌舞伎役者や吉原の花魁なぜアイドルに?大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺〜」の世界、多摩美術大学の小川敦生教授に聞く 前半

小川敦生(おがわ・あつお)氏。多摩美術大学芸術学科教授/美術ジャーナリスト。(写真/編集部)

小川敦生(おがわ・あつお)氏。多摩美術大学芸術学科教授/美術ジャーナリスト。(写真/編集部)

小川敦生(おがわ・あつお)氏
多摩美術大学芸術学科教授/美術ジャーナリスト

──2025年のNHK大河ドラマは蔦屋重三郎にスポットを当てた作品になる。「美人画」を広く流通させたことで知られている。

小川氏: 蔦屋重三郎(蔦重)は、喜多川歌麿をはじめとする浮世絵師を雇用して大量の錦絵(多色摺り木版画)を制作・販売しましたが、その中心の一つが美人画でした。江戸の人々にとって、美人画は文字通り「美しい女性」を映し出すイメージであり、まさしく現代でいうアイドル写真集やポスターに近い感覚があったのです。しかも、版画で量産されるため、庶民でも買える値段で出回っていました。

 浮世絵は当時の大衆メディアであり、喜多川歌麿のように美人画を多く手がける絵師が大ヒットを出せば、「あの花魁のようになりたい」とか、「あの役者に憧れる」という熱狂を生み出すようになりました。

──そう考えると、歌舞伎役者や吉原の花魁が「今でいうアイドル」だったといえる。

小川氏: そうだと思います。そもそも歌舞伎はエンタテインメントとして人気でしたし、花魁が集う吉原も当時から「憧れ」の街でした。でも、実際にそこへ足を運べるのは限られた人だけ。一方で、美人画や役者絵という形で大量印刷された版画は、庶民の手にも届く価格帯でした。

 現代の私たちはSNSや雑誌、テレビなどでトレンド情報を知るわけですが、江戸時代にはテレビもネットもありません。その代わりが浮世絵だったといえるのでしょう。着物や髪型、化粧の仕方などが浮世絵を通じて伝えられ、町の女性たちは同じような髪結いをしてみたり、男性なら役者の粋なスタイルを真似してみたりするようなこともあったでしょう。

 さらに、美人画に描かれた「類型的な美女像」というのは、実は一種の理想化された姿でもあります。現代でも有名アイドルの写真は修正が入ったり、撮影技術で美しく見せたりしますよね。江戸時代の美人画も、同じようにちょっとした誇張や実際よりも美しく描いている節があるのです。それに影響されて、庶民は「こうなりたい」と思う。現代のSNS映えの写真や動画と、構造はとても似ているんです。

──「美しい」とは単に見た目の造形だけではなく、背景や物語も含んでいる。

小川氏: 単に綺麗な顔だけで終わらないのが浮世絵の面白いところです。例えば、歌舞伎役者の浮世絵なら演目のストーリーに重ねて楽しむ。吉原の花魁であれば、花魁たちが持つ儚い背景や、ドラマチックな恋物語を想像する。

 今でいうと「推し活」に近いと思います。推しの過去や、ステージの裏話を知れば知るほど魅力的に感じるように、当時の町民は浮世絵からストーリーを読み取り、美人画や役者絵に感情移入していたわけです。見た目の美しさに加えて、そこに広がるドラマや人間味が深い魅力となっていたのです。

喜多川歌麿『寛政三美人』 富本豊ひな(上)、難波屋おきた(右)、高島屋おひさ(左)(Public Domain)

喜多川歌麿『寛政三美人』 富本豊ひな(上)、難波屋おきた(右)、高島屋おひさ(左)(Public Domain)

──今のアイドルファンがSNSや動画などをチェックしながら「推し」の人となりを知るのと同じ構造。

小川氏: 当時の出版人や絵師たちは、単にきれいな絵を刷るだけでなく、どういう背景や噂を盛り込めば人気が出るかをわかっていました。いわば「メディア戦略」ですね。蔦重はそこがとても上手かったとされています。商品として美人画や役者絵を大量に流通させ、江戸の町を情報の熱狂で包み込み、結果として歌舞伎役者や花魁たちを時代のアイドルへと押し上げたわけです。

──現代とも共通点は多い。

小川氏: 現代の女性アイドルグループやモデルは、テレビや雑誌、SNSを介して「憧れの存在」になり、メイクやファッションを真似するファンが続出します。男性向けでも韓流スターやアーティストがいて、同じように真似をする動きがある。これは、美しさが単なる造形ではなく、「物語への共感」とともに流布しているといえます。江戸時代の浮世絵も、まさにそうした物語の共有を通じて「美しい」「こんな風になりたい」と思わせていたのです。

 「美しさ」は常にメディアを介して物語化されながら人々の心を揺さぶり、時代を通じて何度もアップデートされているのです。

──メディアと美しさは通じている。

小川氏: そう思います。蔦重の時代は、江戸の町が文化的にとても豊かだった一方で、印刷技術が急速に発達し、版元同士の競争が盛んでした。そこでは、どうすれば庶民に売れるかを常に考え、絵師も版元もアイデアを出し合って魅力的なコンテンツを作っていました。

 その構造は、まるで現代のアイドル事務所や出版社、広告代理店がタレントや作品をプロデュースする姿と重なります。大河ドラマを通じて、江戸時代から人は美を求め、メディアによってその感覚を大きく変化させてきたことがわかるのではないでしょうか。

──美の基準も刻々と変わっている。

小川氏: 美しくありたいとか、憧れる存在を追いかけたいというのは、人類普遍の欲求かもしれません。ただ、その姿がどういうものかは時代や文化によって様々に変化してきました。

 江戸時代は浮世絵が大衆メディアでしたが、今はSNSや動画配信サービスが身近です。ツールは変われど、人々の「美しいと感じる心」自体は時代ごとに形を変えながら続いていると言えます。

 蔦重が美人画を流通させた時代の熱狂を知ることで、私たちもまた、現代の美やアイドルの在り方を相対化できるのではないでしょうか。(続く)

プロフィール

小川敦生(おがわ・あつお)氏。多摩美術大学芸術学科教授/美術ジャーナリスト。(写真/編集部)

小川敦生(おがわ・あつお)氏。多摩美術大学芸術学科教授/美術ジャーナリスト。(写真/編集部)

小川敦生(おがわ・あつお)氏
多摩美術大学芸術学科教授/美術ジャーナリスト
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社入社後、「日経エンタテインメント」誌記者として音楽、「日経アート」誌記者として美術分野の記者を務めた後、「日経アート」誌編集長。日本経済新聞文化部での美術関連担当を経て、2012年から多摩美術大学芸術学科教授。現在も多数のメディアで執筆活動を続けている。国際美術評論家連盟会員。

記事一覧

  • 【2025年美しさとは】江戸のメディアが生んだ美しさ、歌舞伎役者や吉原の花魁なぜアイドルに?大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺〜」の世界、多摩美術大学の小川敦生教授に聞く 前半
    https://biyouhifuko.com/news/interview/10754/
  • 【2025年美しさとは】感覚を開くことで気が付く「美しさ」、知っておくべき美の循環構造、大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺〜」の世界、多摩美術大学の小川敦生教授に聞く 後半
    https://biyouhifuko.com/news/interview/10781/

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Author

ヒフコNEWS編集長。ステラ・メディックス代表 獣医師/ジャーナリスト。東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPで「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年にステラ・メディックス設立。医学会や研究会での講演活動のほか、報道メディアやYouTube『ステラチャンネル』などでも継続的にヘルスケア関連情報の執筆や情報発信を続けている。獣医師の資格を保有しており、専門性の高い情報にも対応できる。

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