山田秀和(やまだ・ひでかず)氏
近畿大学医学部皮膚科客員教授
近畿大学アンチエイジングセンターファウンダー
日本抗加齢医学会理事長
- AIの役割→ AIを活用した統合的解析が、老化のメカニズム解明に重要。
- 健康と寿命の予測→ AIと機械学習により、健康維持期間や寿命の精度高い予測が可能に。
- 過去の認識→ エピジェネティッククロックは当初懐疑的に見られたが、現在は生物学的本質を捉える手法として認められるように。
──老化の測定技術が発達している。
山田氏: 最近のトランスフォーマー型AI(人工知能、ChatGPTなど)やノーベル賞を受賞した研究(ディープラーニング)を見ると、複雑なデータを統合的に解析できるようになっていると感じます。これらに基づいて老化の程度もより正確に把握できる可能性があります。
例えば、DNAメチル化や染色体の立体的な構造から、老化を測定する方法が考えられます。若い頃は染色体の構造は整然としているのですが、老化が進むにつれて乱れていくということがあり得るからです。
そうした立体的な構造を把握することで、老化の根本的なメカニズムが明らかになる可能性があります。その実現には、AIを活用した統合的な解析が鍵を握るでしょう。
──今後、老化の解析はどのような方向に進むのでしょう。
山田氏: メチル化解析やAI技術の進化によって、次の10年で老化研究や医療分野に大きな変革が起こると私は見ています。AIや機械学習を使えば、その人が何歳まで生きられるのか、どの程度健康を維持できるのかを、今より正確に予測できるようになる可能性があります。
2019年にAMWC(Aesthetic &Anti-Aging Medicine World Congress)で私が老化の指標となるエピジェネティッククロックを紹介したとき、欧州の参加者から強い反応がありました。当時は「そんなバカな」という感じで、突飛なアイデアと受け取られるのも無理はありませんでした。
──エピジェネティッククロックは当初怪しいと見られていた。
山田氏: DNAメチル化と年齢の相関関係から生物学的年齢を決めるのはきまぐれだと言われても仕方ありません。しかし、その後の研究により、エピジェネティッククロックが多くの生物種で確認され、生物学的な本質を捉える手法として再評価されるようになりました。
- 「年寄り度」の数値化→ 心理学的アンケートやDNAメチル化などの生物学的指標を活用し、老化を数値化する試みが進む。
- ウェアラブルデバイスの活用→ 心拍数や活動量を長期的に記録し、AI解析で総合的な老化評価を実現する可能性。
- 「ウェルビーイングスコア」構想→ 精神的、身体的、社会的要素を評価に加え、モチベーションや経済力なども考慮する新たな指標の可能性。
──老化を数字で測れるのは便利。
山田氏: WHO(世界保健機関)も老化に注目するようになってきました。WHOは老化そのものを「ICD-11(WHOによる国際的な病気の分類)」で疾患として定義していませんが、「内的なキャパシティー(Intrinsic Capacity)」という新たな概念を提唱しています。
これは、年齢や特定疾患にとらわれず、人間の機能や主観的な健康の感覚まで含めた総合評価を提唱しています。例えば、「朝起きたら体がだるい」「人と会うのが億劫」「昔は感じなかった不調」といった主観的な感覚を指標にして、DNAメチル化などの生物学的指標を組み合わせるアプローチです。心理学的アンケートや簡単なテストで、その人の「年寄り度」を数値化するのです。
さらに、ウエアラブルデバイスで長期的に心拍数や活動量を取れる時代になっているのも重要です。膨大なデータをGoogleやAmazonを含めた大規模テック企業やAIの専門家が解析すれば、総合的な老化評価を実現できる可能性があります。健康保険のシステムを刷新するために利用できる可能性もあります。カルテのデジタル化が進むことで、豊富な臨床情報を時系列で解析できるようになり、機械学習やディープラーニングによる健康予測の精度が大幅に向上すると考えられます。
──老化を測定するために多種多様なデータを利用する考え方が出ている。
山田氏: 医療者と患者の会話記録(ナラティブ)やカルテのテキスト情報を、ウェアラブルで取得した客観的データ(歩行速度、握力など)と組み合わせる。さらにプロテオミクス(全タンパク質の情報)・メタボロミクス(代謝物の情報)などのオミクス(遺伝情報全体であるゲノミクスなどを含めた体の物質全体の情報)を総合評価する方向へ向かっています。
そこから生まれるのが「ウェルビーイングスコア」かもしれません。
WHOは精神的、身体的、社会的な要素を挙げていますが、今後はモチベーションや経済力などさらに細かい要因も評価に加えられる可能性があります。
労働衛生の分野ではそれらを国際標準(ISO)にまで発展させる流れがあります。従来の「病気の有無」だけではなく、「ヘルス全般」を包括的に評価する枠組みが生まれようとしているのです。
──老化の研究が進んでいる。
山田氏: UAE(アラブ首長国連邦)は、比較的若い人口構成を背景に、将来の健康問題に備えた研究を本格的に開始しています。フロンティアクリニックの基準づくりが進められており、私たちもそのプロジェクトに関与しています。2025年5月から本格的に始動する予定です。
このような取り組みは、日本の老化研究や健康戦略にも大いに参考になると考えられます。2025年の大阪・関西万博では老化がテーマの一つになっていますが、2030年のリヤド万博では、老化やウェルビーイングがテーマとして掲げられる可能性が十分にあります。
実際、UAEの官僚が「なぜ日本人はこんなに長寿なのか?」と質問しに来たので、国民皆保険や介護保険が整備されているからだと説明しました。国や地域ごとの人口構造や経済状況の違いを背景に、老化研究や健康戦略が多様な方向へ展開していくことが期待されます。(続く)