老化速度を抑え健康寿命を延ばせるか──。そんな究極の問いに「賞金総額約1億ドル(1ドル144円とすると、日本円で144億円)」で挑むのが、Xプライズ財団が主催する「XPRIZE Healthspan」。月面探査でも知られる国際コンペの、寿命領域における挑戦だ。30年スパンで「脳・免疫・筋肉」の加齢の進行を10年相当遅延させることを科学的に実証したチームが優勝する。5月のマイルストーン1(Milestone 1)で日本から6チームが進出。これとは別に、難病の解決を目指す部門でも2チームが勝ち抜けた。次の関門は人を対象とした臨床試験の完遂。前編に続いて、日本抗加齢医学会理事長、山田秀和氏に老化を遅らせる世界規模のコンペ全容とそのゴールなどを聞いた。(聞き手/ヒフコNEWS編集長 星良孝)

山田秀和(やまだ・ひでかず)氏。近畿大学医学部客員教授。近畿大学アンチエイジングセンターファウンダー。日本抗加齢医学会理事長。(写真/編集部)
山田秀和(やまだ・ひでかず)氏
近畿大学医学部客員教授。近畿大学アンチエイジングセンターファウンダー。日本抗加齢医学会理事長。
- XPRIZE Healthspan→ 老化速度を遅らせることを目標とした国際的な競技会。世界中から約400チームが参加。
- マイルストーン1受賞→ Healthspan部門で40チーム、FSHD部門で8チームが選出され、各チームに約25万ドル(約3600万円)が授与された。
- 日本チームの活躍→ Healthspan部門に6チーム、FSHD部門に2チームが選出され、日本の存在感が際立つ結果となった。
──老化速度を遅らせることを競い合うXPRIZE Healthspanが進行している。
山田氏: 最近も世界中を回っています。
2年前に、XPRIZE Healthspanエグゼクティブ・ディレクターを務めるジェイミー・ジャスティス氏と会い、大阪・関西万博の話も出つつ、老化速度を遅らせるという構想を聞き、日本抗加齢医学会として支援をしたいと思いました。
5月、世界400チームのうち老化速度を遅らせるコンペティションのトップ40チーム、筋肉の病気であるFSHD(顔面肩甲上腕筋ジストロフィー)を解決するコンペのトップ8チームに、それぞれ約25万ドル(1ドル144円とすると日本円で3600万円)ずつ授与する受賞式がありました。
私は自ら旅費を負担してニューヨークで開催された授賞式に行ってきました。日本チームからもそれぞれのコンペに6チームおよび2チームが入りました。日本抗加齢医学会としては、日本チームの交流会を現地で開きました。
ジャスティス氏からは、日本から多く参加してくれてありがとうと感謝されました。
5月には、シンガポールとイタリアにも訪ねていました。世界中でアンチエイジングの研究が盛んに行われているのを感じます。
※日本から次のチームがマイルストーン1受賞者として選出された。寿命延長に加え、難病対策を対象とする部門も設けられている。それぞれコンペティション全体で40チームおよび8チームが選出された。日本からは、Healthspan部門に6チーム、FSHD部門に2チームが選出された。
●XPRIZE Healthspan(順不同)●FSHD(顔面肩甲上腕筋ジストロフィー)Bonus Prize(順不同)
- 阿部養庵堂薬品 (東京)
- JAPAN LONGEVITY CONSORTIUM (東京)
- AutoPhagyGO (大阪)
- LOGIN(LONGEVITY INNOVATOR)(仙台)
- GODA LAB (東京)
- TIME TRAVELER/キュライオ (東京)
- ASAGI LABS (長野)
- モダリス (東京)

米国ニューヨーク。(写真/Adobe Stock)
- 準決勝進出→ 科学的根拠に基づいたコンセプトが評価され、マイルストーン1の受賞チームが次のステップへ進出。
- Right to Try制度→ 米国で第1相試験終了段階から未承認医薬品の使用を可能とする制度。
- 日本チームの選択肢→ 国内で実施困難な場合、モンタナ州で臨床試験を委託する案も。
──次は準決勝で、ステップを進める。
山田氏: 勝ち抜いたチームは、科学的な根拠に基づいたコンセプトを立ち上げたことの価値が認められました。結果、マイルストーン1の受賞者となりました。引き続き、準決勝、決勝となります。
私の印象としては、FSHDのチームが、少なくとも筋肉の老化をコントロールできる可能性が高いと見ています。
今後は、人間を対象とした臨床試験をどこで、どのように実施するかが問題になります。2026年6月には、人間を対象にした実証試験を開始しているか、もしくはその進捗を示すデータの提出が求められます。万が一できなくても、厚生労働省傘下の医薬品医療機器総合機構(PMDA)などとの交渉の開始を報告することが求められると考えます。
私がジャスティス氏ら判定会議のメンバーに、日本国内では、再生医療等安全性確保法(安確法)が存在し、世界的に見ても再生医療の実践が進んでおり、そこを含めてほしいと話しておきましたが、それは難しいという回答でした。
彼らの立場としては、安確法に基づくのは当たり前としても、試験の方法について倫理委員会の審議を受け、試験を公的に登録するなどが重要となります。GMPグレードの製造体制を作る必要があるということでした。薬機法に準じた承認プロセスを踏む必要があると見なされています。基本は、FDA基準ということになります。
※GMPは、適正製造規範の略称。医薬品の製造および品質管理に関する基準を指す。一方で、薬機法は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」の略称。医薬品や医療機器などの製造販売に必要な審査手続きなどの基準を定めている。

米国モンタナ州の州都ヘレナ。(写真/Adobe Stock)
──高いハードルがある。
山田氏: 米国では、「Right to Try」という仕組みが注目されています。これは医薬品などの安全性を確かめる最初の臨床試験である第1相試験を完了した場合に、すぐに治療に使用できる制度です。通常は、第2相や第3相の臨床試験で有効性も確かめた上で承認されるというプロセスがありますが、これらをスキップすることができます。
例えば、がん末期の患者さんが新しい医薬品による治療を受けたいと希望したときに、安全性を確認できた医薬品であれば未承認でも使ってよいというものです。
既に、モンタナ州で「エクスメンタル・トリートメント・クリニック(「Experimental Treatment Clinic、実験的治療のクリニック)」で、この考えによる治療を行えるようにする法律が成立しています。州の医師免許があり、クリニックがあれば未承認の治療であっても実施できるのです。「Post FDAモデル」と考えられており、トランプ政権の成果とされています。
アンチエイジングの分野は、この仕組みと相性がよいと思います。寿命延長の効果を実践しようというときに、それを必要とする方にとっては、臨床試験での証明を待っていられないからです。待っていては寿命が尽きてしまいかねませんから。
XPRIZE healthspanのチームでも、モンタナ州で臨床試験を実施することを模索する動きがあります。日本のチームも、日本国内で臨床試験を行えないとなった場合には、モンタナ州で臨床試験の実施を依頼するという選択肢も考えられます。(続く)
プロフィール
山田秀和(やまだ・ひでかず)氏
近畿大学医学部客員教授
近畿大学アンチエイジングセンターファウンダー
日本抗加齢医学会理事長
1981年近畿大学医学部卒業。1981年オーストリア政府給費生(ウィーン大学皮膚科、米国ベセスダNIH免疫学)。1989年近畿大学医学部皮膚科講師。1996年近畿大学在外研究員(ウィーン大学)。1999年近畿大学奈良病院皮膚科助教授。2005年近畿大学奈良病院皮膚科教授。2007年近畿大学アンチエイジングセンター創設者(併任)。2022年近畿大学客員教授。日本抗加齢医学会理事長。日本におけるアンチエイジング医学の黎明期から第一線で活躍し、近年はエピジェネティック・クロックやAI解析を活用した老化制御研究を推進している。大阪大学大学院医学系研究科招聘教授/大阪公立大学皮膚科客員教授。
