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「やってはいけないフィラー豊胸術」、世界が認めていないのに日本でいまだに行われている理由

カレンダー2023.3.31 フォルダーインタビュー

 ヒフコNEWSでは美容医療に詳しい医師や専門家に話を聞いていく。今回は真崎医院院長の真﨑信行氏。30年前、真﨑氏は、久次米秋人氏と共立美容外科・歯科を立ち上げた。それ以来、美容医療をより良いものにするために、今や脂肪吸引に必需なスキンプロテクターの特許を取得するなど取り組んできた。今回はバストを大きくする豊胸術について詳しく聞いたが、日本では今でも「やってはいけないフィラー豊胸術」が実施されているという。

真﨑信行

フィラー豊胸術には問題が多いという。(写真/編集部)

真﨑信行(まさき・のぶゆき)氏 真崎医院院長 東京ミッドタウンクリニックNoage顧問

フィラーを注入する豊胸術には欠点がある

 真﨑氏は、注射器でフィラー(充填剤)を注入してバストを大きくするある種の豊胸術について、SNSなどで注意を促している。  「アクアフィリング」や「ヒアルロン酸」が、この手術によく使われるフィラーであり、日本ではまだ一部のクリニックで行われているのだが、真﨑氏はこの方法には欠点があると強調する。  「私はフィラー注入による豊胸は良くないと強く思っています。この方法の歴史は1900年まで遡るというから驚きです。しかし、世界を見ると、この方法は合併症のために禁止されました」(真﨑氏、以下括弧内同じ)  ワセリンやパラフィンの注入による豊胸術は1900年代初頭に始まったが、施術によるトラブルが発生したため禁止された。そのためフィラーによる豊胸はあまり一般的ではなくなっていった。その後、シリコンインプラントが導入され、豊胸術の主流となった。  ところが、1990年代後半、ウクライナや中国からポリアクリルアミドという新素材が導入され、豊胸術にフィラー注入が再び盛んに行われるようになった。しかし、2006年、これも合併症の問題を引き起こし、中国はこの素材の製造・販売を禁止した。  「その後、『アクアフィリング』『アクアリフト』というフィラーの使用が問題視されるようになったのです。シンガポールがまず禁止し、韓国が追随しました。このフィラーは、98%の水と2%のコポリアミドでできていると言われています。組織親和性が高く、被膜が薄くやわらかい自然な乳房を作れる半面、組織内移動(migration)の確率が高く、少しの圧力や妊娠出産を期に注入した部位(バスト)から、上腕や下腹部に移動し、難治性の炎症を起こす症例も多く報告されています。このゲル(弱酸性)は、約5年以内に移動した部位に炎症や好ましくない合併症を引き起こす可能性があります」  注射器によりフィラーを注入する方式の豊胸術が禁止された主な出来事

主なフィラーによる豊胸術の方法 広まった時期 発生した問題 禁止の状況
ワセリン、パラフィン 1900年頃 心臓病や脳卒中など引き起こす 国際的に禁止
ポリアクリルアミド 1990年代後半 炎症やしこり、乳がんなど 中国などで禁止
アクアフィリングおよびアクアリフトなど 2010年代 ・組織移動性 ・石灰化 ・炎症やしこり ・乳がん検診の妨げ シンガポールや韓国などで禁止
 2016年に韓国がアクアフィリングを認めないと声明を発表したにもかかわらず、当時、韓国の医師が来日し、このフィラーを使って胸を大きくすることのメリットについて講演を行った。すると日本の医学会の講演会でも、医師がこの治療法を賞賛するような場面があると気づきました。私は、「推進するのはおかしい」と、海外ではアクアフィリング豊胸に否定的なのに、日本で推進する矛盾を指摘すると、会場はしばらく沈黙が続いたようなこともありました」  しかし、アクアフィリングのようなフィラーをバストに注入することは安全ではないという考え方は、真﨑氏の努力もあって日本でも徐々に注目されるようになった。

日本でも美容医療のルールづくり

 2016年に韓国でアクアフィリングを認めないという声明が出されて以降、日本美容外科学会(JSAPS)理事長(当時)の大慈弥裕之氏が中心となって、美容医療のルール作りを行う動きが出てきた。2019年には、2つの日本美容外科学会(JSAPSとJSAS)といった美容整形分野の医学会が記者会見を開き、豊胸術にフィラー注射を行ってはいけないと発表。真﨑氏はこのグループのメンバーとして、安全な美容医療のルール作りに貢献した。  「フィラーでバストを大きくするのは安全ではない、というのがみんなの共通認識になっていきました。そこで、美容医療に5段階のルールを作ろうという話になったのです。アクアフィリングのようなフィラーを使うことは、『推奨度1』、つまり行わないことを強く推奨するということになりました。アクアフィリングの注入をやっているクリニックが依然としてありましたが、安全性の問題を重く見て、やっぱり推奨度1にしようと決めたのです」  日本では2019年、医学会の代表が「美容医療診療指針」を発表してルールが作られ、さらに2021年に改訂版へと更新された。このガイドラインでは、アクアフィリングを含む「非吸収性」、およびヒアルロン酸を含む「吸収性」の両方を含む、あらゆる種類のフィラーを豊胸術に使用しないよう強く推奨した。

豊胸術にアクアフィリングが推奨されない理由

 アクアフィリングは真っ先に批判されたフィラーの一つだったが、それでも豊胸術に使用するクリニックはまだある。なぜ、アクアフィリングを豊胸に使用されるのか、そしてなぜガイドラインにおいて使用することが推奨されないのだろうか?  「アクアフィリングが使用される理由は、硬い被膜を作る他のフィラーとは異なり、アクアフィリングは組織親和性が高く被膜が薄い分、最初は自然なやわらかさがあり、きれいに見えるからです。ところが、このような状態は数カ月~数年しか持たないことがあり、圧力がかかったり、妊娠出産したりすることを機に組織内移動してしまうことも多く、問題になっています

アクアフィリングの問題
  • 圧力がかかったり、妊娠出産したりすることを機に組織内移動することも多い
  • 移動した先で炎症やシコリを発症してしまう

 アクアフィリングは、その性質が変化するため、体内を移動する際に新たな問題を引き起こす可能性があるという。  「豊胸術に使用されるフィラーであるアクアフィリングは弱酸性で、時間の経過とともに酸性度が強くなることがあり、そのために体内を移動する際に、注入部位に腫れを生じさせる可能性があります。残念ながら、一度注入したフィラーを全て除去することは困難です。メーカーは生理食塩水でフィラーを溶かすことができると説明するのですが、通常は完全に取り除けません。注入後、5年程度で問題が発生することがあります

※人体は弱アルカリ性に保たれているため、酸性度が高い状態は異常です。
アクアフィリングやアクアリフトと同様の施術が、別の名前で行われている可能性があるという。

 「問題があるとされているにもかかわらず、アクアフィリングを用いた豊胸術や、別の名前で類似の施術を続けている医師もいます。残念ながら、一部の医師は患者の健康を優先せず、これらの処置に関連する潜在的な長期的リスクを考慮しない可能性があります。『熟練した医師の手にかかれば、これらの処置は安全である』と主張するクリニックもあるようですが、それをそのまま信じず、慎重になることが重要です」  しかも、アクアフィリングのフィラー豊胸術は、乳がん検診に影響を与える可能性がある。  「日本では、女性の約9人に1人が乳がんと診断されるなど、日本人は諸外国に比べて乳がんになりやすい可能性があります。アクアフィリングを使用すると、石灰化やしこりが生じることがあり、乳がん検診や発見の妨げになる可能性があります。ポリアクリルアミドを使ったフィラー豊胸術では、その後にがんが報告されていますから、アクアフィリングにおいても、長期にわたって体内に存在することにより、アクリルアミドモノマーが、がん発症のリスクを高める可能性も考えられます。万が一、乳がんが発生した場合、その原因が患者さんの体質によるものか、アクアフィリングを使用したことによるものかを判断することが難しい場合が考えられるのです」  こうしたフィラー豊胸術の問題点は、ヒアルロン酸を使った豊胸術にも共通して言えることであり、だからこそガイドラインではヒアルロン酸を含めた吸収性充填剤を使ったフィラー豊胸術も行うべきではないと示されている。

豊胸術におけるグローバルスタンダードに従う重要性

真﨑信行

真﨑氏はグローバルな基準を大切に考えるべきだと強調。(写真/編集部)

 「豊胸術のグローバルスタンダードを守り、世界で認められていないものを避けることが重要なのです。承認されているものであっても、問題が起こることがあります。例えば、グローバルスタンダードのシリコンバックでも、表面がザラザラしたマクロテクスチャーのシリコンバッグはリンパ腫の一種(BIA-ALCL)の原因になる可能性があると判明しました。この場合、シリコンバッグは海外で認められているものなので、世界中の医師が協力して問題解決へと取り組みました。ところが、ほとんどの国では、注射可能な豊胸フィラーの使用は許可されていません。アクアフィリングのように認められていないものでトラブルが発生すると、世界の医師との協力体制がないため、問題解決が難しい、もしくは解決されずに放置されるという事態にもなり得るのです」  ガイドラインで推奨されている、もう一つの豊胸治療が脂肪注入だ。  「脂肪注入による豊胸は賛否両論あるものの、脂肪の生着率が向上したことから、現在は問題視されていません。  ただし、脂肪注入は生着率に技術の差が出やすいのが現状で、それを判断する一つの方法は、注入した脂肪が半年から1年保たれているかどうかを見ることです。  半年経っても脂肪が残っているようなら上手な医者ということになります。1カ月で仕上がりを判断するようなクリニックはやめた方がよいと思います」  真﨑氏は医療行為にはリスクとベネフィットの両方があることを強調する。しかし、豊胸手術のリスクはまだ十分に理解されていないという。したがって、後で起こりうる合併症を避けるために、施術を受ける前にリスクを認識することが非常に重要だと説明する。  「日本では、医療行為に関する規制が他国と異なっています。日本では、医師は自分の裁量権の中で、他国では制限されている医療行為であっても行うことができるからです。しかし、すべての医療行為が安全というわけではありません。アクアフィリングもそのような他国で承認されていない施術の一例であることに注意が必要です」  日本ではグローバルスタンダードではなく、海外では承認されていない医療行為がクリニックで提供されていることが珍しくはない。そのため施術を受けるときには、そんな事情も知った上で、リスクについての情報を集めて、施術の問題にもあらかじめ目を向けることが重要だ。

プロフィール

真﨑信行(まさき・のぶゆき)氏 真崎医院院長 東京ミッドタウンクリニックNoage顧問 1957年長崎県生まれ。金沢医科大学医学部を卒業後、順天堂大学医学部附属順天堂医院麻酔科に入局し、麻酔科標榜医取得。大手美容外科を経て、1989年に共立美容外科・歯科を久次米秋人医師と開院。全国に15院を有する美容外科グループに成長させる。医療機器の開発に携わり、脂肪吸引時の傷痕保護器具であるマサキスキンプロテクターを発明し、世界で特許を取得する。このマサキスキンプロテクターは権威ある医学誌『Plastic and Reconstructive Surgery(PRS)』で紹介されたほか、英国BBCや米国シカゴトリビューンなどでも報道された。2007年に真崎医院を開設し、以来現職。

参考文献

Complication after Aquafilling® gel-mediated augmentation mammoplasty—galactocele formation in a lactating woman: a case report and review of literature https://www.researchgate.net/publication/353929558_Complication_after_AquafillingR_gel-mediated_augmentation_mammoplasty-galactocele_formation_in_a_lactating_woman_a_case_report_and_review_of_literature Letter: Position Statement of Korean Academic Society of Aesthetic and Reconstructive Breast Surgery: Concerning the Use of Aquafilling® for Breast Augmentation https://www.researchgate.net/publication/297652966_Letter_Position_Statement_of_Korean_Academic_Society_of_Aesthetic_and_Reconstructive_Breast_Surgery_Concerning_the_Use_of_AquafillingR_for_Breast_Augmentation 「乳房増大のためのアクアフィリングの使用に関する声明」(全文) https://www.jsaps.com/docs/info/170418_fulltext_jp.pdf Jin R, Luo X, Wang X, Ma J, Liu F, Yang Q, Yang J, Wang X. Complications and Treatment Strategy After Breast Augmentation by Polyacrylamide Hydrogel Injection: Summary of 10-Year Clinical Experience. Aesthetic Plast Surg. 2018 Apr;42(2):402-409. doi: 10.1007/s00266-017-1006-9. Epub 2017 Nov 9. PMID: 29124374. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29124374/

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Author

ヒフコNEWS編集長。ステラ・メディックス代表 獣医師/ジャーナリスト。東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPで「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年にステラ・メディックス設立。医学会や研究会での講演活動のほか、報道メディアやYouTube『ステラチャンネル』などでも継続的にヘルスケア関連情報の執筆や情報発信を続けている。獣医師の資格を保有しており、専門性の高い情報にも対応できる。

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