今年に入って、米国から美容医療に関連した不穏なニュースが相次いで報告されている。一つは、偽造ボツリヌス療法による健康被害のニュースで、もう一つは、美容医療でのヴァンパイア・フェイシャルによるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染のニュースだった。
これらが起きた場所は、通常の医療機関以外であることが共通していた。特に、HIV感染が起きたのは、「メディカルスパ」と呼ばれる場所で、しかも無認可施設だった。メディカルスパは、医療と一般のリラクゼーションを組み合わせた場所として好意的にも注目されているが、今回の事故で一転して逆の意味で注目される事態となっている。メディカルスパとは何なのか。
医療責任者が施術の場にいないことも多い
- メディカルスパの提供内容→注射による治療(ボツリヌス療法やフィラー)、点滴、レーザー治療、ボディースカルプチャー、ホルモン治療などが含まれ、リラクゼーションサービスと組み合わされることもある。
- 専門資格の有無→ファラ・ムスタファ氏によると、多くのメディカルスパには学会認定の皮膚科医が所属していないため、専門の研修を受けた医師による治療が保証されない。
- 医療責任者の現場不在→多くの州で医療責任者を設置することは義務付けられているものの、責任者は実際の施術現場にはいないこともある。
- 施術スタッフの技術不足→ムスタファ氏は、施術を行うスタッフが週末のトレーニングで限定的な技術を習得しているに過ぎないため、治療技術が不十分である可能性を指摘。
- 潜在的なリスクと対策→不適切な施術による副作用が報告されている。医学会認定の医師が所属する施設での治療が勧められている。
そもそも一般的にメディカルスパは、メッドスパなどとも呼ばれ、提供されるものは、ボツリヌス療法やフィラー治療などの注射による治療、点滴、レーザー治療、ボディースカルプチャー、ホルモン治療などがある。若返り治療などの医療と一緒に、いわゆるスパで提供されるようなリラクゼーションが組み合わされることもある。複数のアプローチにより、シワやたるみの改善などを目的とした施術が提供されている。
タフツ大学医学部のタフツ・メディカル・センターレーザー・美容部長で、米国皮膚科学会認定医であるファラ・ムスタファ氏が、同学部のウェブサイトでメディカルスパについて5月2日に解説している。ムスタファ氏は、米国で偽造ボツリヌス療法による中毒が11州約20人に報告されたことを受けて、美容医療をどこで受けるべきかについて皮膚科医の立場から述べている。
第一に注目されるのは、メディカルスパには専門資格を持っている医師が所属していないという点だ。ムスタファ氏が強調するのは、医学会認定の皮膚科医が所属している、信頼できる医療施設で美容医療を受ける意義だ。米国では、学会認定の皮膚科医となるためには、医学部での教育に加え、4年間の皮膚科の専門研修を受けた上で試験を通過する必要がある。このプロセスを経ることで、皮膚科の治療を安全に行うためのベースとなる知識を得ることができる。これに対し、「メディカルスパ」や「スキンスパ」と呼ばれる施設では、学会認定の皮膚科が所属せず、専門の研修を受けない一般の医師が所属している場合も多いという。
第二に注目されるのは、医療責任者が施設に置かれていても、実際の施術現場にはいないことも多いという点。ムスタファ氏によると、米国では、州によって異なるものの、多くの州で医療責任者を置くことが義務付けられているが、医療責任者が施術が行われている場所におらず、離れた場所にいることも多いという。
第三に注目されるのは、施術を行うスタッフの技術が不足している可能性があるという点。ムスタファ氏は、施術のスタッフの実態として、週末のトレーニング会などで限られた種類の施術について学ぶ程度と紹介している。これにより注射や点滴、レーザー治療などの美容医療の限られた施術を行えるようになっているという。
こうした違いがあるため、従来の医療環境と比べて最適なケアを受けることができず、有害事象が増加する可能性があるとムスタファ氏。不適切な監督、適切な免許を持たない医療提供者、衛生上の問題、不十分なトレーニングの結果として、傷跡が残ったり、感染症が起きたり、入院に至ったりするケースを同氏自身が経験している。ムスタファ氏は皮膚科医は、髪、皮膚、爪の専門家であり、ボツリヌス療法などの治療を、可能な限り安全に行えると説明している。
「メディカルスパ」を掲げる施設は日本にも
メディカルスパで提供されるのは、非外科的治療が中心になっており、手術を伴わないことから、専門資格を持たない医師も手掛けやすいものと見られる。
同様な施設は米国だけではなく世界的に広がるという観測もある。日本の調査会社であるグローバルインフォメーションによると、世界の市場規模は22年に259億8000万ドル(日本円で3兆9000億円)であるのが、30年には982億5000万ドル(日本円で15兆円)へと3倍近くに増えると推定されている。
またメディカルスパの問題とは別に、この3月から4月にかけて、米国では、形成外科の専門資格を持たない医療施設で、美容外科の手術が実施されていることが、脂肪吸引で引き起こされた死亡事故により大きく注目された。
国内外を問わず、美容医療を受ける場合には、施設にどのような専門家がいるのかに関心を持つことは重要だ。