フランス南西部、大西洋に面した街ビアリッツに、形成外科の診療所とスパを隣り合わせに構え、そこで使う化粧品まで自ら開発してきた家族がいる。ブランドの名前はALAENA(アラエナ)。皮膚科医や形成外科医、エンジニアなど、それぞれ異なる専門を持つ家族が関わり、もともと皮膚科の診療から生まれた処方を化粧品へと発展させた。さらに、発芽種子を使った独自成分を開発し、ヒト由来の皮膚を使った評価にも取り組んできた。美容医療では、レーザーや注入治療、手術といった医療機関での施術だけでなく、その前後や日常のスキンケアまで含めて考える動きがある。ALAENAは、そうした医療と美容の接点から生まれた一例といえる。なぜ皮膚科医の処方から始まった取り組みが、形成外科、スパ、化粧品へとつながっていったのか。共同創業者のアライア・ペレス(Alaia Peres)氏に、その経緯を聞いた。

来日時のALAENA共同創業者、アライア・ペレス氏。皮膚科医の処方から始まったブランドの成り立ちを語った。(撮影:編集部)
ALAENAの話をたどると、最初から化粧品ブランドを作ろうとしていたわけではなかったことが分かる。
出発点にいたのは、皮膚科医で、アライア氏の母でもあるシルヴィー・ペレス氏だった。
アライア氏によると、シルヴィー氏は2000年代から、内分泌かく乱物質をはじめ、日常的に触れる化学物質と健康との関係に関心を持つようになった。皮膚科医として診療する一方で医学論文を調べ、自らが勧めるスキンケア製品についても成分を見直していったという。
その中で、既製品の中から「どれを選ぶか」だけではなく、自分が必要と考える成分だけで処方を組み立てるようになった。
アライア氏によると、シルヴィー氏は「この薬局へ行き、この処方でクリームを作ってもらってください」と伝え、成分と量を指定していた。触感や見た目を整えるためだけの成分をできるだけ使わず、皮膚そのものを長期的にどう保つかを考えたという。
こうして診療の中で使われていた処方が、後のALAENAの化粧品へとつながっていく。
現在のALAENAでも、この考え方は製品開発の基準になっている。ブランドでは、健康への影響を懸念する60を超える成分をリスト化し、処方から除外している。
さらに特徴的なのが、処方を決める段階と、価格などの収支の判断を切り離していることだ。
現在も新しい原料の選択や配合量はシルヴィー氏が決める。アライア氏によれば、処方が完成するまで原価を確認しない。まず必要と考える処方を作り、その後に原価を確認して製品価格を考えるという。
希望する品質の原料が調達できなければ、予定していた発売を半年延ばすこともあるという。
化粧品は、科学だけで作られるものではない。価格、使い心地、流通、広告、ブランドイメージなど、さまざまな条件が商品を形づくる。その中で、まず皮膚科医が処方を決めるというALAENAの方法は、医療の現場から製品が生まれる一つの過程を示している。
形成外科からスパへ

ALAENAが拠点を置くフランス南西部の街、ビアリッツ。大西洋に面した海辺の保養地として知られる。(出典:Adobe Stock)
皮膚科医による処方が化粧品へと向かう一方で、家族の中では別の動きも始まった。
アライア氏の父、ジャン=マルク・ペレス氏は形成外科医だ。外科手術だけで終わらせず、その前後の皮膚の状態や術後ケアまで含めて扱いたいと考えるようになったという。
その発想から2015年、形成外科診療所に隣接する「Spa Alaena Biarritz(スパ・アラエナ・ビアリッツ)」が開業した。ALAENAでは現在、この施設をジャン=マルク氏の形成外科診療所に併設された「新世代のスパ」と位置付けている。
背景には、形成外科医としての経験があった。アライア氏によると、ジャン=マルク氏は、手術後の傷跡へのマッサージやリンパドレナージュなどが回復を支えることに加え、手術を受ける際の肌そのものの状態も重要だと考えていた。
例えばフェイスリフトでシワを改善しても、肌のツヤや質まで同時に良くなるわけではない。そこで、レーザーやピーリング、スキンケアなども組み合わせて肌全体を整えることで、より良い結果につなげたいと考えたという。
こうした形成外科、美容医療、術後のケア、スキンケアを近い場所で連携させたいという発想が、形成外科診療所に隣接するスパにつながった。
一方で、医療と美容を同じものとして扱っているわけではない。アライア氏によると、スパと形成外科診療所は隣接しているものの、フランスの制度に従って入口も分けられている。医療と美容を近づけながら、その境界も保っている。
その後、エンジニアのアン・ペレス氏も加わり、シルヴィー氏が薬局向けに作ってきた処方を基に化粧品開発を進めた。化粧品ラインは2018年に立ち上がった。
ALAENAという名称も、この家族の成り立ちを反映している。父のジャン=マルク氏が、3人の娘、Alaia、Hélène、Anneの名前を組み合わせ、最初にスパの名称として付けたものだ。
発芽種子から独自原料を開発

ALAENAのスキンケア製品。皮膚科医の処方を基に、発芽種子由来の独自成分などを取り入れている。(撮影:編集部)
製品開発は、既存の化粧品原料を選ぶだけでは終わらなかった。その一例が、ALAENAが特許成分として開発した「Complex {G}5」だ。
出発点は、シルヴィー氏がアミノ酸を処方に取り入れようとしたことだった。
アライア氏によると、求める条件を満たすアミノ酸原料が見つからなかった。そこで、アミノ酸を構成要素として含むタンパク質に目を向け、その供給源として植物の種子を検討した。
さらに着目したのが発芽だった。種子は発芽するとき、成長のために内部のさまざまな成分が変化する。ALAENAでは、チア、亜麻、小麦、オーツ麦、緑豆、ソバ、アマランサスなどの候補から5種類の種子を組み合わせ、発芽の過程や抽出方法を検討した。アライア氏によると、化学溶媒を使わずに成分を取り出す方法も検討し、Complex {G}5の開発につなげたという。
ALAENAの資料では、Complex {G}5について、発芽種子からアミノ酸、ペプチド、リン脂質、酵素補因子などを取り出した特許成分と説明している。
開発後には、ヒト由来の皮膚組織を用いた評価に加え、DNAマイクロアレイ(DNAチップ)による遺伝子発現解析も行った。同社によると、Complex {G}5を作用させた際に、皮膚老化に関係する遺伝子の働きがどのように変化するかを調べた。
フランスの研究機関Laboratoire GENEXによるトランスクリプトーム解析では、皮膚老化に関係する455遺伝子の発現変動を調べたとしている。また、ヒト由来の皮膚組織を用いた別の評価では、皮膚バリアに関係するフィラグリン2、細胞外マトリックスの分解に関わるMMP-7、表皮のヒアルロン酸などを指標として調べている。こうした試験は、Complex {G}5を皮膚に用いたとき、どのような変化が起きるのかを詳しく調べるものだ。「この成分にどのような働きが期待できるのか」を、細胞や遺伝子の変化から確かめようとする評価といえる。
興味深いのは、「自然由来」「オーガニック」という言葉だけで製品を説明しようとしていないことだ。アライア氏自身、「オーガニックであることは必要だが、それだけでは十分ではない」と話していた。自然由来の原料を選ぶことに加え、それが皮膚でどのような変化を起こすのかを評価することも重視している。
医療と美容が近づく先にあるもの

ALAENA共同創業者のアライア・ペレス氏。医療と美容、スパ、日常のスキンケアをつなぐブランドの考え方を説明した。(撮影:編集部)
ALAENAの成り立ちを追うと、皮膚科、形成外科、美容医療、スパ、化粧品が、それぞれ独立した活動として加わっていったというより、より良い肌の状態を目指すために必要だと考えたものを、一つずつ自分たちで揃えてきたように見える。
レーザーや注入治療、手術を受ける時間は限られている。その前後には、皮膚の状態を整えるケアがあり、日常的に使う化粧品もある。既存の化粧品で十分でなければ自ら処方を考え、求める原料がなければ独自成分まで開発する。手術前後のケアや日常的なスキンケアまで扱おうとすれば、形成外科に隣接してスパも作る。ALAENAが広げてきた取り組みは、こうした発想の積み重ねとして見ることができる。
ただ、必要だと考えるものを作れば、そのまま市場に受け入れられるわけではない。化粧品も美容医療も競争が激しく、価格や使い心地、ブランドの見せ方、分かりやすさも問われる。ALAENA自身、処方では原価より必要な成分を優先する一方、遺伝子解析などの科学的な取り組みを消費者にどう伝えるかには難しさを感じてきたという。
自分たちが実現したい美容をどこまで貫き、それを利用する側に受け入れられる形へどう落とし込むか。ALAENAの歩みから見えてくるのは、医療と美容の接近だけではなく、医療的な発想を、美容の製品やサービスとして形にするための試行錯誤でもある。
これはALAENAだけの課題でもない。美容医療そのものが、同じ問題に向き合っているように見える。医学的に望ましいこと、利用する側が求めること、価格や利便性、体験としての満足度。どれか一つだけを追えばよいわけではなく、それらをどう両立させるかが問われる。
しかも、美容医療や化粧品は国境を越えて選ばれる時代になっている。海外の技術や製品、クリニックが身近になるほど、国内で評価されるだけでなく、異なる市場の中でも選ばれる理由を持てるかが重要になってくる。
ALAENAは、より良い肌を実現するために必要だと考えたものを自ら揃えながら、それを市場に届く形へと調整しようとしている。日本の美容医療にも、自分たちが目指す医療を明確にしながら、それを利用する側に受け入れられる形へと磨いていく、似たようなアプローチが求められるのかもしれない。
