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小学生からの美容整形、社会学の視点から見た課題とは?叡啓大学准教授の粥川準二氏に聞く、前半

カレンダー2023.10.19 フォルダーインタビュー

 最近、小学生の二重整形動画が炎上したが、かねて美容医療が小学生からも行われており、それが賛否両論の意見を呼んでいる。個人の自由という考え方がある一方で、ルッキズムの助長、親からの押しつけ、健康への悪影響など問題点も指摘される。現状についてどのように見ると良いのだろうか。  医療や倫理の著書を持ち、社会学博士、叡啓大学准教授である粥川準二氏に美容整形の若年化を含め、美容医療の人気が過熱する状況をどのように考えるべきか話してもらった。前後半に分けて伝えていく。前半では、美容整形の背景にある、「治療」から「エンハンスメント」という医療の変化、外見を医療で解決しようとする社会の動き、それらの背景にある問題へと話が広がった。

叡啓大学准教授の粥川準二氏。(写真/編集部)

叡啓大学准教授の粥川準二氏。(写真/編集部)

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ)氏
叡啓大学准教授、社会学者

──小学生からの美容整形が問題になっている。個人の自由とか、ルッキズムの助長とか、さまざまな考え方がある。なぜ良いのか、悪いのか、判断の基準を整理するとどうなるのだろうか。

粥川氏: 大学生の授業では、「エンハンスメントと新優生学」と題したセッションを行うことがあり、美容整形がエンハンスメントに当たると話すと意外と反応があります。授業後のアンケートでも、美容整形に関心があるとか、行いたいという人は結構います。美容整形は「エンハンスメント」の一つと考えることができ、エンハンスメントについての課題を理解することで、美容整形の問題についても理解しやすくなると考えています。すると、小学生などの美容整形の問題も見えてきます。

──美容整形と関係しているという「エンハンスメント」とは何か?

粥川氏: 生命倫理の世界で言われている「エンハンスメント」とは、「身体状態を改善し、能力や機能を強めたり高めたりすること」を指します。日本語で言い換えると「増強」です。この言葉が今のような意味で用いられるようになったのは1980年代。人間の遺伝子を改良する技術をめぐる議論が起こった時期のことでした

 一方で、エンハンスメントと対義語で、常に比較される言葉は「治療」です。「治療」とは、「病気やけがをなおすこと。また、そのために施す種々の手立て」という意味です(『広辞苑』)。当然、「医療技術」は治療のために開発されてきました。例えば、最初に手術を始めた人は、病気を治そうとしていたでしょうし、最近で言えば、再生医療もパーキンソン病をはじめ病気の治療のために研究が進みました。

 もともと治療のために開発された医療技術の対象が、どんどんエンハンスメントへと広がってきているのです。エンハンスメントの例を挙げればいくらでもあります。成長ホルモン剤、刺青、ピアス、ドーピング、サプリメント/栄養剤、育毛剤、植毛、脱毛などです。

──医療技術が治療だけではなく、エンハンスメントへの活用が進んでいる。美容整形を含めた美容医療はまさしくエンハンスメントとしての医療技術の活用と言える。

粥川氏: その通りです。エンハンスメントの一つに美容整形があります。たとえば事故などで損傷した顔面の手術を最初にした人は、まさか自分たちの治療の技術が、病気でもない人の外見をより良くするために使われるとは夢にも思わなかったかもしれません。

 生命倫理学者の堀田義太郎先生の議論を踏まえると、医療技術がエンハンスメントに使われるようになった背景としては、医療分野の大きな変化がありました※。

医療を受ける人たちの自己決定権が重視されるように変わった

 19世紀以降、医療従事者が専門職として独立し、医学が科学として確立して、その目的も治療に限定されていました。それが第1段階になりますが、第2段階、20世紀に入ってから、2つの戦争を経た期間でだんだんと、患者の自己決定権を重視する傾向が高まっていく、そうした歴史的な変化がありました。その中で、従来は、何でも医者の言いなりであったのが、患者が意見を言える権限が大きくなりました。医療技術を、その利益を受ける人の願望のために使うようになっていきました。

世の中に多い病気が変わった

 もう一つの大きな動きは疾病構造の変化がありました。死因となる病気が感染症から心臓疾患やがんに変化しました。つまり、「急性疾患」から「慢性疾患」への変化です。その中で医療の置かれる立場も変わり、具合が悪くなった患者さんを見るよりも、具合が悪くなる前に医療が介入するようになりました。そうした中に外見を良くするといった用途も入ってくるようになりました。

 このような変化の中で、治療の範囲が曖昧になり、エンハンスメントとしての医療技術の利用が広がりました。

──確かに20世紀に入ってから、豊胸術をはじめ美容整形の医療技術が発展した。

粥川氏: 美容整形を含めたエンハンスメントの倫理的問題を考える上では「医療化(medicalization)」という概念が重要です。

 医療化は、かつては医療の対象ではなかった宗教、司法、教育、家庭などの社会生活において起こるさまざまな現象が、次第に医療の対象と見なされるようになることを指します。例えば、家族や共同体、宗教が担っていた妊娠、出産、死といったライフコース上の出来事がだんだんと医療現場で扱われるようになったことです。例えば現在、出産はほぼすべて病院で行われている。これも医療化の現象の一種と見なすことができます。

 そればかりにとどまらず、「医療化」の対象はさらに広がりを見せているのです。例えば、落ち着きのない子どもだったり、成績があまり良くない子どもがいたりすると、昔は「そういう子どももいるよね」くらいに言われて、大きく注目されることは少なかったでしょう。それが、今では注意欠陥多動症や学習障害などの病名が付くようになった。

 かつて非難や罰の対象であった「過度の飲酒」や「暴力」「薬物依存」などの行動もだんだんと医療的な治療の対象になっていることもそうです。

 美容整形のように、外見の問題が医療現場で扱われるようになっているのも、医療化の一つの動きと言えます。

──エンハンスメントの広がりや医療化の背景から、美容整形の問題を考えることができるのだろうか。

粥川氏: これらは一見、「医療技術や薬で解決できるならば、いいじゃないか」という話ではあります。そうした事実を否定するつもりはないです。

 しかし、冷静によく見てみると、本来、医療化の対象となった事柄は「社会の問題」と考えられるものであることがあります。

 例えば、貧困であったり、格差であったりします。アルコール依存症、家庭内暴力、薬物依存は、貧困家庭で起こりやすいとされます。そういう社会的、経済的な問題であることを、強い言葉で言えば、放置し、医療の問題として片付ける傾向が現れているのです。

 もっとはっきり言えば、医療化が進むことは、「社会の問題」を単に治療すべき「個人の問題」に矮小化して、それと同時に「既存の社会秩序」を無批判に肯定する傾向につながる心配があるのです。「既存の社会秩序」とは、つまり社会問題であり、それが放置されたままで維持されている状態のことです。

 小学生からの美容整形の問題でいえば、背景にはいじめやルッキズム(外見重視主義)のような社会の問題があるはずです。そうした問題を社会的に解決せずに、治療すべき個人の問題として医療で解決しているとしたら、それは倫理的に認められることなのだろうか。

 医療で解決できることは解決すればいいですが、同時にその辺りに気を付けるべきだろうと思います。

(後半に続く)

次回は、美容整形の背景にある、社会の問題を個人の問題に単純化してしまう問題についてさらに掘り下げていく。

叡啓大学准教授の粥川準二氏。(写真/編集部)

叡啓大学准教授の粥川準二氏。(写真/編集部)

プロフィール

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ)氏
叡啓大学准教授、社会学者
フリーランスライター、明治学院大学など非常勤講師を経て、2019年より現職。社会学分野の教員を務めつつ、現代思想、図書新聞などの各種メディアで著述活動を行う。著書は『バイオ化する社会』(青土社、2012)、『ゲノム編集と細胞政治の誕生』(青土社、2018)など。監修書に『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院、2016)がある。博士(社会学)。

参考文献

※堀田義太郎「強く・美しく・賢く・健康に?エンハンスメントと新優生学」、玉井真理子・大谷いづみ編『はじめて出会う生命倫理』、有斐閣アルマ、2011年、p.256-257

※※ヘルスリテラシー 健康を決める力 用語集 医療化 https://www.healthliteracy.jp/yougo/agyo/medicalization.html

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Author

ヒフコNEWS編集長。ステラ・メディックス代表 獣医師/ジャーナリスト。東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPで「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年にステラ・メディックス設立。医学会や研究会での講演活動のほか、報道メディアやYouTube『ステラチャンネル』などでも継続的にヘルスケア関連情報の執筆や情報発信を続けている。獣医師の資格を保有しており、専門性の高い情報にも対応できる。

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