韓国美容医療では、レーザーや注入治療に加え、自分の脂肪から取り出した細胞を美容やアンチエイジングに利用する「再生医療」も行われている。今回訪れた清潭ジュネックスクリニック(Chungdam Jeunex Clinic)では、脂肪組織から得られるSVF(間質血管分画)を肌などに用い、レーザーやスキンブースターと組み合わせる治療に取り組んでいる。SVFは、脂肪組織を処理して得られる細胞の集まりで、脂肪由来の間質細胞、幹細胞のほか、血管内皮細胞や免疫細胞、周皮細胞など、さまざまな種類の細胞が含まれる。再生医療の技術はどこまで美容に応用できるのか。ソン・ギス氏に、韓国での位置づけや治療の考え方、安全性、現在の課題について聞いた。
ソン氏が注力しているのは、脂肪由来の細胞を美容やアンチエイジングに利用する治療だ。
再生医療というと、日本では関節疾患など、病気や身体機能の回復を目的とした治療に加えて、美容やアンチエイジングのための利用が広がっている。
それに対して、ソン氏は、韓国では再生医療に関する制度上の制約もあり、美容やアンチエイジングの領域で脂肪由来細胞を利用する経験が先行して積み重ねられてきたと説明する。
もっとも韓国では2025年2月から「先端再生医療治療」の制度が始まり、指定を受けた医療機関が審査を経て、重篤、希少、難治性の病気などを対象とした再生医療を行える枠組みが設けられた。実施には医療機関の指定や治療計画の審査、安全管理などが求められる。現在の韓国でも、細胞を使った治療が自由に行えるわけではない。
そうした中で、ソン氏は長く美容医療の現場で脂肪由来細胞の活用を実践してきた。
脂肪から取り出す「SVF」とは

清潭ジュネックスクリニック院長の成箕秀(ソン・ギス)氏。脂肪由来SVFを美容やアンチエイジングに応用する治療について説明した。(写真:編集部)
脂肪組織には、成熟した脂肪細胞だけでなく、血管や免疫に関係する細胞など、さまざまな細胞が含まれている。脂肪組織を処理して成熟脂肪細胞などを取り除き、得られる細胞集団がSVF(stromal vascular fraction、間質血管分画)だ。これは、間質細胞や幹細胞を含む、複数の細胞から構成される。
こうした性質から、医学的にはSVFそのものが再生医療で一般的な幹細胞というわけではない。また、SVF中の細胞を培養して増殖させて得られる脂肪由来間葉系間質細胞(MSC)とも区別される。
ソン氏のクリニックでは、本人から採取した脂肪を処理し、SVFを分離して同日に使用する方法を取り入れている。クリニックも現在、「1日SVF幹細胞融合(1Day SVF Stem Cell Fusion)」を主要な治療の一つとして位置付けている。
ソン氏は、再生医療を専門とする医師としては異色の経歴を持つ。もともとは精神科医で、専門医資格を取得した後にクリニックを開業した。しかし、精神科診療を続ける中で、自分の志向とは少し違うと感じるようになったという。その後、当時はまだ一般的ではなかった肥満治療に関心を持ち、肥満外来を始めた。食欲を抑える薬や運動指導、心理面へのアプローチなどを組み合わせて体重管理に取り組んだ。
そこから関心を広げたのが脂肪吸引だった。当時の韓国では、脂肪吸引は現在ほど盛んではなかったという。ソン氏によると、韓国人をはじめアジア人には比較的痩せた人が多く、脂肪吸引に対する需要自体が大きくなかったことも背景にあった。実際、形成外科医でも脂肪吸引を積極的に行う医師は多くなかったという。そこでソン氏は、肥満治療に関心を持つ産婦人科医や救急医、精神科医らとグループを作り、自分たちで脂肪吸引を学び始めた。
2002年ごろから、ブラジルのサンパウロやポルトガルのリスボンのほか、米国、ルーマニアなど各国の医師を訪ね、実際の手術に入りながら脂肪吸引を学んだ。約1年間、海外を回って集中的に経験を積み、帰国後も仲間の医師と互いに手術を手伝いながら技術を磨いたという。
こうして脂肪吸引の経験を重ねる中で、脂肪はソン氏の診療の中心的なテーマの一つとなった。最初は取り除く対象だった脂肪が、やがて脂肪移植に使える組織と見なされるようになり、さらにその中に含まれる細胞へと関心が広がった。その延長線上に、現在取り組んでいる脂肪由来SVFを使った再生医療がある。
ソン氏の美容治療で特徴的なのは、SVFだけを特別な治療として切り離していないことだ。肌への治療を、大きく三つに分けて考えているという。一つ目は、レーザー、高周波(RF)、高密度焦点式超音波(HIFU、ハイフ)などのエネルギーベースデバイス。皮膚に刺激を与える治療だ。
二つ目は、PN(ポリヌクレオチド)製剤やPRP(多血小板血漿)、そのほかのスキンブースターを用いた注入治療。ソン氏はこれを、皮膚に必要な材料を与えるという意味で「skin food」、いわば「肌に与える栄養」のようなものに例える。
三つ目が、脂肪由来の細胞だ。ソン氏は細胞を「workers(働き手)」に例える。皮膚に刺激を与える機器、材料を補う注入治療、そして細胞。この三つを状態に応じて組み合わせるという考え方だ。
例えば、肌質の改善を目的とする場合でも、SVFだけを注入するのではなく、レーザーやエネルギーベースデバイス、スキンブースターを組み合わせることがある。現在のクリニックも、脂肪由来SVFに加え、脂肪移植や皮膚治療などを組み合わせた診療を掲げている。
再生医療で課題となる安全性

清潭ジュネックスクリニックの施術室。SVFを用いた治療のほか、レーザーやスキンブースターなどを組み合わせた施術が行われている。(写真:編集部)
体内の脂肪に存在する細胞を体外に取り出して別の場所に注入する意味とは何か。
ソン氏は、「身体の脂肪に細胞が存在しているからといって、それが自然に必要な場所へ移動するわけではない」と説明する。肌への効果を狙うのであれば肌に、頭髪への応用を考えるのであれば頭皮に、といった形で、治療目的に応じて使う場所を考えるという。
ここで注意したいのは、「幹細胞が注入した場所の組織に変わる」という単純な仕組みではないことだ。脂肪由来細胞については、細胞そのものの働きだけでなく、細胞から分泌される物質や周囲の組織との相互作用など、さまざまな仕組みが研究されている。美容への応用についても、どの程度の効果が得られるのかは治療方法や対象によって異なる。ソン氏自身も、再生医療にはまだ分かっていないことが多いと認めている。
再生医療で難しいのは、効果を客観的に示すことだ。肌の色やシワなら写真で比較できる。一方、「若返った」「元気になった」「身体の調子が良くなった」といった変化は数値にするのが難しい。ソン氏は、治療前後の変化をより客観的に示すため、生物学的年齢や細胞に関連するさまざまな指標にも関心を持ってきたという。しかし、来院者が感じる変化と、検査値の変化が必ずしも一致するわけではない。この点についてソン氏は、まだ十分な科学的根拠を示せる段階ではないと率直に話す。
再生医療は日本国内でも、科学的根拠をどのように蓄積するかが課題となっている。日本再生医療学会は、薬機法上の承認を得ていない細胞加工物や核酸などを使う診療について、第三者レジストリに臨床データを蓄積し、安全性や有効性を検証していく「検証型診療」という考え方を提唱している。条件を満たさないものは「無検証診療」と位置付ける考え方だ。2026年には、行政や関係機関と連携しながら、こうした仕組みを推進する方針も示した。
ソン氏は、美容だけでなく、アンチエイジングを目的として脂肪由来の細胞を静脈から投与する方法についても説明した。局所に注入する場合とは異なり、静脈投与では細胞が全身の血流に入るため、安全管理がより重要になる。
ソン氏が特に注意するのが塞栓だ。細胞は凝集して塊を作ることがあり、それが血管内に流れ込めば血流を妨げる可能性がある。重要な血管を塞げば重大な問題につながり得るため、細胞の性質だけでなく、どのような方法で投与するかが重要になると説明する。
ソン氏によると、細胞はプラスチックの表面に付着しやすい性質がある。そのため、細胞を通常の輸液バッグに混ぜて長時間流す方法では、バッグやチューブの内側に細胞が付着することがある。さらに、付着した細胞が凝集してまとまり、それが剥がれて血管内へ入れば、塞栓につながる可能性も考えられるという。
このためソン氏は、細胞を輸液バッグに混ぜて一度に投与するのではなく、希釈した細胞を少量ずつ注入し、その都度状態を確認する方法を取っている。投与中は看護師がそばにつき、心拍数や酸素飽和度、呼吸、意識状態などをモニターする。特に高齢者では慎重な観察が必要だとする。
取材では、日本で細胞の静脈投与後に塞栓が問題になった事例にも話が及んだ。ソン氏は、こうした合併症のリスクは投与方法によって大きく左右されるとの見方を示した。
自己由来の細胞だからといって、安全性が自動的に保証されるわけではない。細胞をどう採取、処理し、どの経路からどのように投与するかまで含めて、安全管理を考える必要がある。
日本と共通する再生医療の課題

清潭ジュネックスクリニックの受付前に立つ成箕秀(ソン・ギス)氏。脂肪由来細胞を用いた美容・アンチエイジング治療に取り組んでいる。(写真:編集部)
清潭ジュネックスクリニックには、海外から訪れる人も多いという。ソン氏によると、米国やカナダ、東南アジアなどから、美容やアンチエイジングを目的に訪れる人がいる。韓国滞在中にSVFを使った治療を受け、帰国後は自国でレーザーやスキンブースターを続けるという考え方も提案するという。
細胞を使った治療は国によって制度が大きく異なる。そのため、海外から治療を受けに行く場合には、施術そのものだけでなく、自国へ戻った後の診療や合併症への対応も考える必要がある。
再生医療に関心を持つのは来院者だけではない。ソン氏のもとには、脂肪採取やSVFの処理、投与方法を学ぶため、国内外から医師が訪れるという。脂肪吸引の経験がなければ脂肪採取に不安があり、細胞の処理方法にも知識が必要になる。静脈投与を行う場合には、安全管理についての知識も欠かせない。
再生医療では、新しい装置を導入しただけで治療が成立するわけではない。どの組織をどのように採取し、処理し、どこへどのように投与するか。その一連の手順について熟知した医師が関わる必要がある。
細胞や組織が大きく失われた状態では、細胞を投与しただけで元に戻せるわけではない。すべての来院者に同じ効果が得られるわけでもない。再生医療には可能性がある一方、まだ十分に解明されていない領域も多い。韓国美容医療でも再生医療への関心が高まる中、効果をどのように評価し、安全性をどのように確保するかが課題になる。こうした点は日本にも共通する。
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