ヒフコNEWSは、新連載「細川亙 現在美容医療を殿が斬る」を始める。日本形成外科学会理事長をはじめ、多くの要職を歴任し、米国形成外科学会名誉会員でもある細川亙氏が、現代美容医療が抱える様々な問題に鋭い視点で問題提起する。
「殿」というのは、細川氏が細川ガラシャの子孫であるから。その源流をたどれば明智光秀にまでさかのぼる。そんな歴史的背景を持つ細川氏が現代に舞台を移して美容医療の分野で一刀を振るう。激動の美容医療の世界をどう治めるか。
第1回テーマ「刺青とアートメイクの境界線」
刺青とアートメイクを巡る国の見解は二転三転する。現在、刺青は医師免許がなくても施術可能だが、アートメイクには医師免許が必要とされている。しかし、両者の技術的な境界は曖昧で、明確に区別することが難しいところがある。細川氏は現行の規制に違和感を持つ。本回では、細川氏が自身の見解を示しつつ、医療の役割や規制の在り方を論じる。
刺青を業として行うには医師免許が必要であるという発想
刺青を業として行うには医師免許が必要であるという発想は、歴史上この社会にはなかった。またその必要性もなかった。というのは、数千年もの間、日本のみならず世界のどこでも刺青は非医師によって行われてきたし、それを原因とする健康被害が生じて社会問題化することもなかったからである。
もちろん時には針の使いまわしや色素の毒性によって健康被害が生じることはあったが、それは施術者が医師であるか否かによって異なるものではなかった。しかも今の世の中でも、高時間給の医師によって刺青を入れてもらいたいと考える人はほとんどいない。
権力と戦った刺青彫り師
そのような中で日本の厚生労働省が2001年に、刺青施術に関して「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為を、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反する」とした行政通知を出した。これは驚くべき暴挙だった。
世界のどこの国のいつの時代に、彫り師は医師免許をもっていなくてはならないなどという馬鹿げたルールが適用されたことがあるのか?それまで平穏に刺青を 生業(なりわい)としてきた日本中の彫り師を犯罪者とするルールを、立法機関でもない厚生労働省が実に安易に発出したのである。
この厚生労働省の通知を根拠として、大阪府警察が大阪の彫り師を医師法違反容疑で逮捕し、大阪地方検察庁はこれを起訴し、これまた驚くことに、1審の大阪地方裁判所は安易に有罪判決を出した。
厚生労働省、大阪府警と検察庁、大阪地裁らの権力によって、犯罪者に仕立て上げられようとしたこの気の毒な彫り師は、控訴してこれらの浅慮な権力と戦った。大阪高等裁判所は1審判決を破棄し、刺青施術に医師免許を不要とする当然の判決を出した。この高裁判決は2020年9月16日の最高裁判所決定で支持された。厚労省が出した医師法第17条の解釈に関する行政通知は明確に否定され、刺青施術に医師免許は不要とする当たり前の判断が最高裁で下されたのである。
驚くべき厚労省の暴挙
ところが、その後さらに驚くべき暴挙が厚労省によって行われた。2023年7月3日付で「医師免許を有しない者によるいわゆるアートメイクの取扱いについて」という医政局医事課長通知が発出された。
この通知により「刺青施術に医師免許は不要」という最終司法判断の一部を行政機関である厚労省が否定した。すなわち、アートメイクは刺青であるにも関わらずその施術には医師免許が必要である、と厚労省は主張したのである。
私はこれを、厚労省による最高裁への意趣返しであるとみている。厚労省がかつて出した通知を最高裁に否定され、それに対する不満を厚労省が新たな通知として発出したものとみている。厚労省はこの新たな通知の発出において、最高裁判所決定の中で草野裁判長が述べている補足意見を根拠としているようであるが、補足意見はあくまで補足意見で、最高裁判決や決定における拘束力は持たない。
最高裁決定は「刺青施術に医師免許は不要」というものであり、刺青施術の中のアートメイクだけには医師免許を要するというような解釈が単なる行政機関によってできるものではない。
刺青も対策しないのはなぜか
加えて言えば、厚労省が保健衛生上医師の手によらない刺青施術が危険であるとみなしているのであれば、アートメイクのみを要医師免許という実効性のない方法で規制するのではなく、彫り師による刺青も含めてすべての刺青について保健衛生上の対策(講習の義務化とか新たな免許制度の創設など)をとらなければならない。
しかし、厚労省には全くそのような姿勢は見られない。この通知が単なる意趣返しのための発出であり、保健衛生上の必要性を考えて出されたものではないと私が見ている所以である。
しかし、このような安易で恣意的な通知であっても、厚労省が出したものであるから、刺青施術の現場には大きな影響を与えている。一番問題なのは「アートメイク」というような定義のはっきりしていない用語を通知で用いていることである。私はアートメイクというと眉や睫毛の部位に刺青することを指していると思ってはいるが、そう定義したとしても、あいまいさの問題が解決するわけではない。
厚労省はこのようなあいまいな基準で、再び無辜の非医師に刑事罰を加えたいと思っているのであろうか。そのようなことになる前に、この通知は可及的早急に撤回されるべきである。
ギルド的な意見に引きずられるのか
刺青施術に絡んでいる医師(美容外科医など)の多くは、経済的な利益を守るために、非医師が刺青をすることを違法としたいと思っている。厚労省は政策の方向性を決めるにあたっては、専門家としての医師の意見を聴取しようとするため、そのようなギルド的な医師グループの意見に引きずられやすい。そのような要素がこの厚労省通知には影響していることも指摘しておきたい。