美容医療を原因として発生する健康被害や死亡事故は、発生しても示談などの手続きを経て情報が表に出ないため、適切な対策が打たれない状況になっている。
大阪みなと中央病院美容医療センター長の細川亙氏が2025年1月18日に、第152回日本美容外科学会(JSAPS)で講演した。
警察からの相談がなければ表に出なかった死亡事故

第152回日本美容外科学会(JSAPS)で講演する細川亙氏。(写真/編集部)
- 美容医療における健康被害の実態→ 細川氏によると、美容医療で起きた重大な健康被害や死亡事故が示談などで公表されず、知られないまま処理されているケースがある。
- ミラドライによる死亡事故の概要→ ミラドライを下腹部周辺(スソワキガ・スソガ治療目的)に使用した女性が、ヤケドによる敗血症で死亡。適正使用を求める学会声明が2023年1月に発表された。
- 業界内での情報共有の問題→ ミラドライ事故は2022年5月に法医学誌で報告されていたが、美容医療や形成外科の分野ではほとんど認識されていなかった。細川氏が編集長を務めたコラムで取り上げたことで、業界内で問題が広まった。
細川氏は警察や検察、弁護士から、美容医療で起きた健康被害について意見を求められることがある。そうした際、公表されていない死亡事故を含む健康被害を知ることがある。
美容医療の重大な合併症が、誰にも知られないまま処理されていた例として、細川氏はミラドライによる死亡事故を挙げた。
※ミラドライは、マイクロ波による重度の原発性腋窩多汗症の治療を目的とした医療機器(一般的名称マイクロ波メス、商品名Miradryシステム)。
ヒフコNEWSでも報じているが、ミラドライの事故は、日本の美容医療系国内7医学会・団体が2023年1月に声明を出したことで広く知られるようになった事例だ。
この女性は、下腹部の周囲を含む部位に対してミラドライの治療を受けていた。いわゆるスソワキガ、スソガの改善を目的として行われたと考えられる。この部位にヤケドが生じ、感染が全身に広がり、細菌が回ったことで敗血症を引き起こし亡くなった事故だ。学会は声明の中で、本来の適用であるワキの多汗症ではない目的で使用された点に触れつつ、適正な使用を呼びかけた。
今回、細川氏は講演の中で、元々美容医療業界内でこの死亡事故が全く知られていなかったことを問題視した。
この事故については、東京医科歯科大学法医学の研究グループが2022年5月に法医学の医学誌で報告していたが、細川氏は「形成外科や美容医療分野では、このような法医学誌に掲載された論文が認識されておらず、事故についても知られていない状況だった」と振り返った。
結局、事故から1年以上が経過した段階で被害者側弁護士から細川氏に相談があり、編集長を務めた「形成外科」のコラムで紹介したことをきっかけに形成外科や美容外科の業界内でも問題が広く知られることになった。こうして医学会などによる声明発表につながった。
ヒフコNEWSで23年に学会声明について記事を出した際に、細川氏は、「本事例については患者が生存していた際に撮影された会陰部の自撮り写真を確認したが、ミラドライによるマイクロ波照射部位にIII度熱傷が発生していたと考えられ、照射を原因とする事故であることは明らかと考えている。私の病院でもミラドライは使っているが、このような高度の熱傷事故は、普通は起こらないものだ。どのような使い方をすればこのようなことが起こるのか、また、認可された腋窩での使用であれば決して起こらないのかというような疑問を十分に検討したうえで、しっかりと原因究明と対策を明確にしていくことが重要」と指摘していた。
細川氏は同様に死亡事故を含む健康被害の情報が、示談などによって公表されないまま処理される状況があると説明している。
少なくないあご下の脂肪吸引による事故

脂肪吸引で事故。写真はイメージ。(写真/Adobe Stock)
- あご下の脂肪吸引のリスク→ 脂肪吸引による出血や腫れが気管を圧迫し、窒息に至る事例が発生している可能性が高い。
- 健康被害が公表されない問題→ 事故や健康被害の情報が広まらないことで、リスクの認知が不足し、適切な対策が取られない状況がある。
- 情報共有と体制整備の必要性→ 健康被害を繰り返さないために、医療専門家や関連団体間での情報共有と事故対応の体制構築が求められる。
細川氏が、問題が頻繁に発生している可能性があるというのが、あご下の脂肪吸引だ。あごの下や首の周りの脂肪を吸引する施術により出血や腫れを引き起こし、それによって気管が圧迫され窒息する事例が、多く発生している可能性があると指摘する。
その一つとして、ヒフコNEWSでも伝えているが、2024年2月、大阪市の美容クリニックで発生したあご下の脂肪吸引による死亡事故を挙げた。これは大阪市で脂肪吸引を受けた男性が、福岡県に帰宅後に呼吸困難を起こして死亡した事例だった。このほかにも脂肪吸引で死亡した事例が公表されない状態があるという。
ヒフコNEWSでは、あご下の脂肪吸引による血腫により呼吸困難を起こし、救急搬送された女性を取材している。この女性は、3日間、集中治療室(ICU)に入院し、回復した。命に関わる状況になったものの回復に至った事例も含めれば、多くの健康被害が表に出ていない可能性がある。
こうした健康被害の情報が知られない状況は、事故につながった施術のリスクを広く一般に知ってもらう機会を失うことになる。また、一般の医師も美容医療について知らないために、トラブルが起きた際に適切な対処法が理解されず、問題が生じる可能性がある。
細川氏は、脂肪吸引の施術後の状態を見た法医学者が「脂肪がこれまで見たことのないほどぐちゃぐちゃになっていた」と話していたことを紹介し、「そのように脂肪が損傷されるのは脂肪吸引がそういう状態にする手術だからなのだが、美容医療に携わらない医師は美容医療の手術について知らないのだから仕方がない」と指摘した。
このほか、細川氏はヒアルロン酸などのフィラー注入により血管が塞がって壊死を引き起こしたり、失明を引き起こしたりする健康被害についても一般的なトラブルとして紹介した。
健康被害を繰り返さないために、医療の専門家や関連団体が情報共有できる仕組みを整備し、事故に備える体制を構築する必要がある。